地下施設
救援のないまま2日目の夜を迎える。
空気そのものが燃えるような暑さや、肌を刺すような寒さが無いだけまだ救いなのかもしれない。
進一とジムは釣りに成功したらしく、今のところすぐに飢えるという心配もなさそうだ。
「グエンとメイリンが喫煙者で良かったよ。おかげで火起こしに苦労することはしばらくなさそうだ」ミンが神にでも祈るような眼差しを2人に向けた。
機内にはライターを1人1本まで持ち込み可能だったので、喫煙者のグエンとメイリンは1本を機内持ち込み、もう1本を受託手荷物としてスーツケースの中に忍び込ませていた。
「ところで皆様に提案があるのですが」
進一が慎重に切り出した。
「本日、成瀬たち探索チームが見つけたキャンプ。それとメイリンさんが写真に収めてくれたキャンプ。この2か所のうちメイリンさんたちが見つけたキャンプは、東の森へ入ってわずか1kmのところで発見されました」
バオは進一の言おうとしていることがわかった。
生活エリアをこの飛行機周辺から移そうと言うのだろう。
「そちらの方は比較的まだ新しく、どうにか工夫をすればしばらくの間は生活が出来ると思うんです。毎夜のように狭い機内で寝食をするのは身体に相当な負担がかかると思いますので、明日にでも移動しては見ませんか?」
進一の選択はもっともだと思う。身体を伸ばして寝ることが出来ないうちは、なかなか疲れを取ることが出来ない。救援が来るまでの間は、毎日のように森や海で食料の調達をしなくてはならないため、体力の回復は不可避だった。
だが、この選択は重大な分水嶺になるだろうとバオは思った。
飛行機の近くにいれば、仮に上空から救援が来た場合は発見されやすい。
それが一度森の中へ入ってしまうとどうだろう、発見の確率は大幅に下がるだろう。そのリスクを取ってまで森の中に生活拠点を置くには時期尚早な気もする。
すると口を閉ざしていたメリッサが答えた。「飛行機の側にいた方が安心じゃないだろうかね?救助の人にも発見されやすいと思うわ」
数秒の間を空けて、成瀬がそれに答える「それは一理あると思います。それではこのように致しませんか?移動することに賛成な方全員で明日キャンプへ下見に行きます。生活することに問題なさそうだと判断したら、キャンプを整えて、より快適に改装していきます。具体的には寝床の確保ですとかその辺になるんでしょうが。その後移動することに反対の方々に一度来て頂き、改めて判断をしてもらうというのは?」
「それで良いと思うぜ!こういう時は全員一緒にいることに越したことはないからな。なんせキャンプがあるんだ、昔なのか今もなのかはわからんが、人がいたのは間違いない。こうしてるうちにもこちら側をこっそり窺ってるかもしれないぜ。善良な人間って決まってるわけじゃなないんだから」グエンの発言は皆の不安を煽るには一役買ったようだ。
「怖いこと言わないでよ」女性陣がざわついた。
「反対の方がいらっしゃらなければ、明日はそのようにしたいと思いますがよろしいでしょうか?」
「一応…確認なんだけど、筏を作って脱出…とかは無理だよね?」ユーシンは顔を引き攣らせ一同を見渡した。バオにはユーシンの気持ちがわかる。定住先を決めた瞬間、この島から脱出することを諦めてしまうような、そんなある種絶望にも似た感覚に襲われるのだ。
「こういうと決めつけみたいで申し訳ないですが、正確な現在地も方角も分からないまま海へ出ることは自殺行為に等しいでしょう。何かしらの方法で脱出することは検討しつつも、今は当面の生活に集中した方が得策かと思います」進一が慎重に言葉を選んで回答した。
「そ、そうだよね…わかってる。一応聞いてみただけ…」
翌朝から行動を開始した。メリッサが残りたいと申し出たことからジムも必然的に残ることになった。
「私もアレックスがいるから、確実に問題がなさそうなら呼んでもらえると助かるわ」アレックスは行きたそうだったが、安全を確認してからで良いだろう。
進一は乗客4名だけを残すことに抵抗があった。
「メグ…」「わかってます」
乗客を無事クアラルンプールへ連れて行く責任があるのだ。
5名を飛行機に残し、残り全員で東の森へ入っていった。
「確かここの辺りをまっすぐ入っていったのよ。あったあった」
メイリンはアレックスを連れてキャンプを離れた際に、再訪することを想定して目印をつけていた。
ちょうど1km進んだ辺りから森が開け、写真通りのキャンプへ辿り着いた。
「僕たちが見つけたキャンプよりも新しい感じだよね?成瀬さん」
「どうやらそうみたいですね、我々が見たキャンプが数年前のものだとしたら、こちらは数ヶ月ってとこでしょうか」
火を起こした地面の跡や、テントの一つ一つが綺麗に整えられており、今すぐにでも住民が戻って来そうな雰囲気だ。戻って来ないのならそのまま拝借するとして、仮に戻って来たとしたらそれはそれで接触してみようという話になった。
「これなら砂浜からもそんなに離れていないし良いんじゃないか?飛行機で寝るよりは快適だろ」グエンも気に入ったようだ。
「皆さんどうでしょう?」進一が皆を見渡すと、その場にいた全員がゆっくりと首を縦に振った。
「決まりですね、そうと決まれば飛行機へ戻り運び出しの準備をしましょう。機内にあるもので使えそうなものは何でも持ち出してよろしいですから、皆様のお手伝いをよろしくお願いします」
自分たちは本当に帰る事が出来るのだろうか。新たな生活場所が決まったことで、家族の元へ無事生還できる日が遠ざかっていくような気がする。
また、この辺りからモバイルバッテリーを含む電子機器の充電が底を尽いてきていた。
文明の利器が使用出来なくなった途端に外界から遮断されたような感覚に陥る。大いなる自然界の中で人間の無力さを痛感し、遭難しているという恐怖が、より現実味を帯びて肺腑に染み入ってくるような感覚に襲われるのだ。
そうかと思えば、僅か2日足らずしか経っていないのに何年もこの島にいるのではといった、現実味を失って虚構の存在にでもなったかのような不思議な感覚にもなる。バオの頭の中には様々な思いが去来していた。
救援は来るどころかその気配すら見せない。今、世間では自分たちのことがどのように伝えられ、家族はどれほどの心配をしていることか。
行く末は暗澹とするものだったが、生きて帰るという希望だけに縋って日々を過ごすしかなかった。
テントの中を少しずつ綺麗に整理したところで、機内に残っていた5人を招待した。
「ちゃんと雨も凌げるのね」初めはキャンプに移ることに難色を示していたメリッサやアイシャも、テントが綺麗に整頓され、機内よりも住み心地が良いと判断したのだろう、キャンプへ移ることに合意した。
「日中は交代で必ず誰かしら砂浜へ出ているようにしましょう」
救援を求めるため、そのような取り決めをした事も移住を後押しすることに繋がった。
新居へ移住してから3日目、救援待機のため砂浜に交代で出ていたアイシャ、アレックス、メグの3人が戻ってきた。
「仕方ないわよ、これだけ探して見つからないんだから。また明るい時にでも探しましょう」
「でもお父さんに買ってもらった大切なキーホルダーなんだ」アイシャとアレックスが何事か話している。
近くにいたバオとミンが声をかけた。
「やあ、アレックス。どうしたんだい?膝を擦りむいてるじゃないか」
「この子、森を抜けてくるときに足をつまずかせて転んでしまったのよ。その時に大事なキーホルダーを落としてしまって…メグも手伝ってくれて一緒に探したんだけどね」アイシャがアレックスの代わりに答えた。
「ここから結構離れてるのかい?場所覚えてるんだったら僕らも手伝うよ。ただ、もう薄暗くなってきたから明日にしようか」
「うん、ありがとう」
バオとミンが手伝ってくれると聞いてアレックスは安堵の表情になった。
開けている場所はまだ明るい時間だが、鬱蒼とした森の中に入ると数分後には視界が効かなくなる。そういう時間帯だった。
キャンプから砂浜方面に500mほど入ったところで、木に目印を付けてきているというので、キーホルダー探しは明日にすることにした。
翌朝の天気は良かった。朝食を摂ったのちすぐに探しに行くことにした。
「バオ、ミン。お願いね」アイシャに朝食の後片付けを任せ、バオとミンはアレックスを連れて森へ向かった。
「さあ行こうか、アレックス」
森の中はところどころ木の畝やソフトボール大の石が転がっているため、大人でも気をつけなければ足を取られて転倒してしまいそうだ。
「アレックス。どんなキーホルダーなんだい?」
「黄色いスーパーバニーマンが付いてるんだけど…」
「おい、ミン。スーパーバニーマンって知ってるかい?」
「さあ?でも黄色なら目立つだろうな。バニーって事はウサギの形なのかい?大きさはどれくらい?」
「ウサギの着ぐるみを着たおじさんなんだけど、大きさはこれくらいだよ」
アレックスは人差し指と親指を5、6cm開いて示した。
「だってよ、バオ。黄色いおっさんがウサギの耳を着けてて5、6cm。そんなに大きくはないな」
「2人とも知らないの?スーパーバニーマン」
聞くところによると最近流行っているゲームのキャラクターらしい。単身赴任中で離れて暮らしている父親に買ってもらったという。
そうこうしているうちに目指していた木に辿り着いた。
「よし、ここら辺だな。隈なく探してみよう」3人は地べたを這いつくばるような格好でキーホルダー探しに集中した。
10分もしないうちにミンが声を上げた。
「なんだこれ?おい、バオ、ここ見てみろよ」
「どうした?ミン」
「何だと思うこれ?」
「鉄?の棒か何か?」
「そう、かなり錆びついているみたいだけど、金属なのは間違いないと思うよ」ミンがしゃがみ込み、目を凝らした時だった。
「あ、あった!」
2人の目と鼻の先でアレックスがキーホルダーを見つけていた。
「良かった!明るいからすぐ見つけられたよ。2人ともありがとう。多分僕が転んだのそれのせいだよ」
ミンが見つけたものは15cm程の長さの錆びついた鉄の棒だったのだが、どうやら地面に固定されているようだ。
「これ、蓋を上げるための取手じゃないか?」
それは島に来てから初めて見る金属製の人工物だった。
「ってことはもしかして」ミンは鉄棒周辺の土を手で掘ってみた。たった1、2cm程掘った浅いところからこれも金属製の地面が現れた。
「ほら!間違いないよ。これ蓋だよ!」
しばらくの間開かれていなかったのか、隠されたように土で覆われている。
3人が力を合わせて掘り進めたところ、大きさ1m四方の上げ蓋状のものが現れた。
「何でこんなところに?開けてみるか?」
「ミン、待って!何があるかわからないから一度皆んなに伝えて、誰かに一緒に来てもらおう」
30分後、救援待機のため砂浜に向かうことになっていたグエン、ジム、成瀬の3名を連れて蓋を上げてみることにした。
「本当だな。やっぱり人がいるんだよ!早速開けてみようぜ」懐中電灯を手にグエンが張り切っている。
「それにしてもおかしいですね。これはきっとキャンプの住民とは違う民族、もしくは全然違う時代の人の手によって施されているのでしょうか?とにかく開けてみましょう」
成瀬が取手に手を掛けて慎重に力を入れてみる。
「うっ!固いですね、全然びくともしません」
「ちょっとどけてくれないか」
機内の工具入れにあったのだろう、グエンはバールを取り出し、鉄棒に引っ掛けた。そしてそのままテコの原理で力を込めていく。
2cmほど開いたところで左右から成瀬とジムが手を入れて一気に蓋を上げた。
「結構深いな」グエンが懐中電灯で中を照らしたが、底までは光が届いていないようだ。
「おーい!」成瀬が探るようにぽっかりと開けた入り口に声をかけてみる。
「何も聞こえないですね」
「降りてみましょうか?」穴の淵に鉄製の梯子が掛けられている。恐らく底まで続いているのだろう。
「よし、それじゃあ俺が先に入る。だがその前に」グエンが確認のために、次は叫ぶように声を出し、先ほどと同じように何も反応がない事を確認してからゆっくり梯子に足をかけた。
カツンカツンと金属音を鳴らしグエンが梯子を降りていく。
少しの間を空けて、下から懐中電灯の光が上を照らした。
「15mぐらいだと思う!横に道が続いてるようだから皆んなも降りて来いよ」
グエンに従って成瀬、ジムと続きアレックスまでもが下へ降りた。
「ミンは蓋が閉まらないように上で待機してて、俺も見てくるよ」そう言い残すとバオも懐中電灯を腰のベルトに刺し、梯子を降り始めた。
「どこまで続いてやがる。とりあえず行けるとこまで行くとするか」梯子を降りたところから、恐らくは島の東側の方へ向けて、高さ2mはあるだろうトンネルが掘られている。幅は大人が2人並ぶのがやっとだ。懐中電灯を持っているグエンが先頭、バオが1番後ろから全体を照らすように先へと進んでいった。
バオが懐中電灯を照らしてみると、天井や横壁のほとんどは土が丸出しとなっているのだが、ところどころにビニールで覆われている箇所もあり、明らかに人によって掘られたトンネルであるということがわかる。
「おっ!何かボタンがある。押してみるぞ」
20mは進んだろうか、先頭を行くグエンがそう言うやいなやパチッパチッと音をたてながら頭上の電灯が灯り出した。
「こりゃ凄いな。電気が通ってやがるなんて…まだ先があるみたいだ」
先へ進むに連れて天井や壁には木板が張られており、造りがしっかりとしてきているのがわかる。
気付けば地面までもが土から板張りへ変わっていた。
左へ緩やかにカーブをした先に、木製の扉のようなものが道を塞いでおり、その前でグエンが声を押し殺した様子で一同を振り返った。
「一応ノックしてみるぞ」後ろの成瀬、ジムが固唾を飲む中、グエンがコツコツと軽く扉を叩く。
「反応はないな。どうする?取手があるようだが、開けてみるか?」
「ここまで来たんだ、開けてみるとしよう。慎重に頼む」ジムの一言でグエンが取手を握りゆっくりと押してみた。
木製の簡素な扉は奥に向かって開いた。
「おいおい。こりゃたまげたな」
扉の向こうは天井がさらに1m近く高くなっており、学校の教室ほどの大きさの部屋になっていた。
「なぜまたこんな地下に部屋なんてあるんだ?」
「またここにもスイッチがありますね、押してみましょう」成瀬がスイッチを押してみたが、この部屋の電灯は点かない。懐中電灯で辺りを確認してみるしかなさそうだ。
「おい、こっちにも扉があるみたいだぞ」グエンは部屋の奥まで進んでいた。そこには先ほどとは違い金属製の扉が構えていた。
バオが部屋全体を照らしてみると、そこにはアルミ製のラックやロッカーのようなもの、机や作業台のようなものが雑多に設置されているようだった。
とその時。
「誰だ⁈その子を離せっ!」ジムの叫び声が空間にこだました。




