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地図に無い島

 南シナ海上空を航行していた飛行機が、一瞬のうちに西インド洋へ移動していたという事実は、しばらくの間乗客へは受け入れられなかった。

 それもそのはず、その間ざっと計算しても直線距離で6,000kmは離れている。

「いやいやいやいや、それは計算が狂ってるんでしょ?」メイリンが突っ込むのも無理はない。

「飛行機は4箇所以上の衛星情報に加えて、地上からの情報など何重にも組み合わせて現在地を割り出しています。先ほどは一時的に衛星測位システムに狂いは生じましたが、磁気の影響を受けない計器等の計測結果も踏まえると、ほぼほぼ間違いはないでしょう。島が突然現れることと、飛行機が忽然と姿を消すこと。どちらも非現実的な事に変わりはありませんが、その確率は同じようなものです」

 進一自らも説明していて、困惑と恐怖が芽生えてくる。

「信じられない」ユーシンが呆気に取られた表情でメイリンとシャオユーを見た。

「それと、ここが南シナ海ではないと考えられる証拠が太陽の位置です。先ほど私はここが南シナ海のどこかであると当たり前に考えていたために、日没を18時頃と皆様にお伝えいたしましたが、今の太陽の位置から考えると日の入りまではまだしばらくかかりそうです。先ほど成瀬の確認では、モーリシャスとマレーシア時間ではおよそ4時間の時差があるとのことですので、皆様の時計で22時頃に日没が始まった場合には、ここがモーリシャスの近くという信憑性が高まります」

「それじゃあ私たちどうなっちゃうの?」アイシャがアレックスを抱き寄せたまま泣き崩れる。

「ちょっと待てよ!これじゃ本格的に遭難じゃん。全然頭の整理出来ないって!」冷静沈着そうなグエンでさえこの有り様だ。

 一同に遭難という言葉が現実のものとして重くのしかかってくる。


「大変申し訳ございません!」進一は両手を前につき深く地に伏した。

「東堂さん。やめなさい。あんたのせいじゃない、あんたの…機長が弱気になってどうする。次の事を決めなきゃならん」ジムは進一の震える肩にそっと手をかけ、落ち着いた声で宥めた。

 互いに何も言わないまま時だけが過ぎていった。

 

 張りつめていた空気に小石を投げ込むかのようにメグが呟いた。「皆さんそろそろ機内に戻りませんか?」

 それ以外にどうしようもないのは皆わかっていたので、メグの言葉に従うように1人ずつ機内へと戻っていった。

 機内に戻ってからも子供のアレックス以外は誰1人として調達してきた夕食を摂るものはおらず、電波のない携帯電話を見続けるもの、眠りにつくもの、まだ外に残るもの、三者三様の行動をし、結局助けが来ることのない飛行機の中で一夜を過ごした。

 その日、太陽は22時を少し回ったところで水平線から姿を消した。


 明くる朝、腕の時計を見たバオは一瞬自分があまりに疲れ過ぎていて、まだ夢の底にいるのだと錯覚した。

 身体が痛い。狭い座席ではやはり寝心地が悪く、早く外に出たかった。

 既に機長の東堂、成瀬、グエン、ジム、メグの5人も外に出ており、次に取るべき行動について対策を練っていた。

「おはようございます」

「おはようございます。寝れましたか?」

「はい、だいぶ寝てしまっていたようです」

「やはり日の出時間も確認いたしましたが、マレーシア時間から4時間程時差のある圏内にいることは断言できると思います」

「あ、そうか。時差のことすっかり抜けてました。ところで今日はこの後どうしましょうか?」

「はい、今その事について話し合っていたのですが…あ、おはようございます」続けてミン、シャオユーと残りの乗客が続々と外へ集まりだした。

 アイシャは泣き腫らしたのだろう、目元が少し盛り上がっている。

 全員揃ったところで進一が挨拶がてらにこれからのことについて皆で打ち合わせをすることを提案した。


「ここがモーリシャス島の東とかって話しだったけど、モーリシャスの東になんて島とか陸とかそんなのあったっけ?」メイリンの質問に対して成瀬が傍らの世界地図を広げた。紙での世界地図は久しぶりに見る。

「皆さんご覧になって下さい。計器が示した我々の位置はこの辺りです」成瀬はインド洋西側、モーリシャス島の右の辺り4cmくらいのところを指差した。

「ご覧の通り、海以外何もありません」

「それはつまり?」ジムが成瀬に発言の意図を促すように言った。

「はい…この島は地図には載っていません」

「どういうことだ?小さな島一つもないってのか?」グエンが地図を食い入るように覗き込んだ。

「げっ!マジかよ。本当に何もないじゃん」

 地図上でインド洋全域が見渡す限り海になっていることを確認すると、グエンは、ほら見てみろとミンやシャオユーにも地図が見えるように場所を譲った。

「この島が無人なのか、人がいるのかすら分かりません。ですのでやはり昨日に引き続き島の探索をし、人が住んでいそうな集落や島民を探して見たいと思います。本日は私も探索隊に加わり、本格的に島の探索に行こうと思うんですが…」成瀬が恐縮そうに言う。

「わかったわかった。どうせ何もしなくても状況が好転するわけでもないだろうし、俺も行くよ」

 もともとその気だったのだろう、グエンが全員を鼓舞するような大きな声で応える。

「ありがとうございます」


 ライチに似たビタミン満載の朝食を摂ったのち、本日の作戦グループに分かれて綿密な打ち合わせが行われた。

 打ち合わせの前、バオが進一、ジム、シャオユーと先日行動を共にしたメンバーを近くに寄せ、昨日遭遇した猿について、皆に打ち明けることを提案した。

「結局助けが来ることもなく、いつまでこの島にいるかわからなくなった以上、みんなにも共有するべきです。特に探索隊には危険が伴います。危険を承知してでも探索に出てくれる人を募る必要があります」

 バオの言い分はもっともだった。

探索隊が何の情報も無いまま、突然巨大な猿にエンカウントしてしまうリスクは最も避けなければならず、情報共有は不可避であると満場一致した。


「大丈夫大丈夫!何かの見間違いだろ?」グエンはいやに張り切っている。

「俺も信じられないけど、一応何か武器になるものは持っていくよ」ミンも探索隊に志願する。

 思いの外、皆んなは猿の事を恐れていないらしい。というよりも信じていないといった様子だ。

「頼もしいな。それじゃあ今日は…」

 

 猿以外にも森には危険が付き纏うということで、この日の探索は1組だけとし、東側のみを重点的に踏査することにした。探索隊のメンバーは成瀬、グエン、ミン、バオ、シャオユーの5人。残りは全員砂浜の救助信号のところまで行き、進一とジムが釣りを試してみることになり、メリッサ、メグ、アレックス、アイシャは浅瀬で貝など食材の調達、メイリンとユーシンは島の近くを他の飛行機や船が通らないか一日中見張る事になった。2人とも手には飛行機に常備されている発煙筒を持っていた。


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