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密林踏査

 進一の立てた計画は急場凌ぎのものだった。

日没までの約2時間半の間に、島の西側と東側に分かれて食料となりそうなものを探しながら、可能な限り島の探索をし、簡単な地図を作成すること。ビーチクラフト2300のような短時間のフライトをメインとする飛行機のギャレーにはコーヒーなどの簡単な飲料の保存しかなく、救助を待つ間は13名分の食料確保が中核の業務になるからだ。

 そのほか、砂浜に救助シグナルとして大きな「SOS」の文字を準備することになった。

「以上のことは本日中に最低限やっておく必要があると考えます。これはもちろんすぐに救援が来ないという最悪を想定してのことですが…少なくとも一夜は覚悟しておかなければならないかもしれません」

「着替え持ってて良かったぁ。シャワーは我慢することになるかもだけど」メイリンは声のトーンを落とさないよう配慮した。子供もいるのだ、少しでも不安な気持ちにさせてはいけない。


 副操縦士の成瀬を外部との交信作業の継続および機体の状態チェックのため飛行機に残し、島の西側を、進一、バオ、ジム、シャオユー。東側をグエン、ミン、メイリン、ユーシン。

 救助シグナルの作成は、アイシャ、アレックス親子の他に、メリッサとメグの4人。

 計4つのチームに別れて行動をすることにした。

 探索隊の中で進一だけ制服姿だったが「皆さんに行かせて私が行かない訳には行きません」と意固地だった。

「シャオユー気をつけてね」

「任せて!中国武術が役に立つときが来るかもしれないわね」

 女子大生3人組のうち格闘技をやっていたというシャオユーが探索隊に名乗りを挙げた流れで、ユーシンとメイリンの2人も東側の探索に加わっていた。

「それでは皆さん、怪我には十分お気をつけて!よろしくお願いします」

 6時に飛行機を集合場所とし、各チームが心許ない装備を携行し、散開していった。


 鬱蒼としたジャングルに入ると日差しが弱まり気温が幾分か下がった。それでも暑いことには変わりなく、ここが南半球のどこかであることを約束していた。

 目の前をブンブンと不快な音を立てながらブヨなのか蚊なのかよくわからない虫が飛んでいる。皆一様に長袖、長ズボンに身を包み、最低限出来うる限りの防虫対策はしていた。

「先ほども言いましたが、植物や気候から考えると、もし我々の方が別の場所へ移動していたとしても、そう遠くまで来ていないと思います」

「機長さんは北国のジャングルを見たことがあるの?」バオは東南アジア圏内を出たことがなかった。

「それはわしの方が詳しいだろう、カナダの森は針葉樹ばかりだからこんなに大きな葉の植物は少ない。国旗も楓の形をしておるだろ?何よりこんなに暑くはない」ジムが笑顔で答えた。

「雪に憧れるなー。私も中国南部の出身だから北国は未知の世界だよ」シャオユーがそう言うと「そうだ、この島から無事に帰ることが出来たら是非カナダへ遊びにおいで。私とメリッサはアメリカに住んでいるが、カナダは故郷だ。招待しよう」ジムはこの数奇な出会いを楽しんでいるかのようだった。

 皆、この時はまだハイキングでもしているかのような感覚で、不安のかけらさえも感じていなかった。


 バオ達西側探索チームは、飛行機が着陸した地点から一度北側へ進路を取り、突き当たり次第西側へ大きく回り込むような形で探索し、スタート地点へ戻るコースを描いた。東側の4名も同様、一度北側へ向かい、突き当たりで東側へ向かうこととなった。これは、飛行機が着陸した地点で砂利道が途絶え、東西以外に、北側へ向けてもジャングルが広がっていたこと。また、進一が上空から見た記憶では、島の形状が東西に長い楕円形だったことから、自分たちが今、細長い楕円の長辺の中心付近にいると仮定し、上陸地点の反対側、つまりは対岸を確認するための最短ルートを取りたかったのと、暗くなってもすぐに引き返せるようにとのことで、時間が足りない場合には探索を明日に持ち越すという考えからだった。

 機内にあった工具の中から刃物を拝借し、シートカバーなどの派手な着色のものをかき集め、来た道に目印をつけながらの行軍となった。


「さすがに少し疲れてきましたね。皆さん大丈夫ですか?帰りのことも考えると今日はこれぐらいにして、明日続きをやりましょうか?まだしばらくは対岸へも辿り着かなさそうですし」開始して1時間程経過したところで進一が言った。

 距離にしておよそ4km程度歩いてきたことになる。

バオが気になっていたことを機長へ聞いた。

「ところで機長さん、先ほど日没が6時頃と言ってましたが、一向に暗くならないですね?」

「確かに私もその事を考えていました。とりあえずは時間までに戻らないと他の皆様に心配をかけますので、一度戻りましょう」


ここへ来るまでの間、木の実の収集をしながら歩いていた。

 赤い皮に毛が生えたようなランブータンやジャボチカバ、別名キブドウと呼ばれる葡萄の一種は、大量に採取する事が出来た。山菜やキノコは毒の心配もあるため辞めようと話していたのだが、そもそも食べられそうなものは生息していないようだ。

「そうだね、少し暗くなってきたし、この感じだと向こうも食料の確保はある程度出来たんじゃないかな?ほとんどフルーツだけどね」シャオユーがあらかじめ空にしておいたリュックサックがパンパンになったことを示した。

その時だった。

「しっ!静かに、何かいる!」

ジムが唇に指を当てて腰を屈める。全員が咄嗟にそれに従った。10mも離れていない場所で、カサッカサッと葉が擦れ合う音がする。明らかに生物がいる気配を感じ、バオは心臓の音でその得体の知れない何物かに気づかれないか心配になるほどだった。

 次の瞬間ガサッと一際大きな音がしたかと思うと、一同の視界を左から右へ、思わず息を呑むほどの大きな黒い影が跳ねた。

 

 皆何も言えず呆気にとられていたところを、体長1.5mはあろう巨大な猿が視界の端へ去っていった。

 猿が去った後、体感で10秒ぐらい経っただろうか。

「なんだ今の?!角?」「今の猿?ゴリラ?大きかったよね?ってか角生えてた?」「やっぱり?シャオユーも見た?角あったよね?」額から生えるように一本の角が生えていたとバオとシャオユーが小声で主張し合っていると「見間違いではないようだな?」「私も見ました」一瞬ではあったが、ジムと進一もまるでユニコーンのように一本角が生えた巨大な猿を紛れもなく見たようだった。

「と、とりあえずこのことは4人の秘密にしませんか?不安から幻覚を見たと言われるに違いない」

「私もバオ君に賛成…かな。下手に他の人たちの不安煽る必要もないし、どうせ明日帰れるんだし」他の2人もバオとシャオユーの意見に賛同した。


「ひとまず戻りましょう」進一の言葉に気を取り直し、4人は行軍を再開した。

 帰りは皆口数が減っていた。ここまでの探索の間、鳥の鳴き声ぐらいは聞こえていたような気がするのだが、この島に来て初めて直接遭遇したのが得体の知れない巨大な猿だったのだ。帰りにまた遭遇しないとも限らない。各々戦々恐々としながら帰路についた。

 数十m先に森の出口が見えてきた頃だった。

「さっきの猿なんだが…」ジムが皆に気を遣うような口ぶりで話し始めた。 

「話が出来るのはこの森を抜けるまでだろう、今いるメンバーだけにでもわしの考えを伝えておきたいんだが。…恐らく我々以外にもこの島には人間がいるだろう、それもあまり善良とは言えないような」

「猿とは何の関係が?」バオが聞いた。

「染色体ですね?」進一が頷きながらジムに確認をする。

「そうだ」

「全然わからないんだけどどういうことかしら?」

バオとシャオユーが困惑した表情で眉をひそめた。

「角だよ。例えばあの角が奇形であったと考えるには筋が通らないんだ。奇形には形成不全か形態異常のどちらかしかない。分かりやすく言えば、本来あるものが無い、つまりは欠損した状態。例えば指が無いとかだな。若しくはある一部の器官が変形している状態。この2つのパターンしか考えにくいんだよ」

「人間でも奇形で翼が生えたりはしないですよね、それと同じで、猿にはもともと角という器官はありませんからね」進一が補足する。

「ちょっと待って。それじゃあ奇形じゃなくて、何か別の種と交配した可能性は考えられない?」シャオユーが瞬きひとつせず鋭利な光を宿した目でジムを見つめる。

「そこなんだ。確かに異種間交配で生まれてくる、いわゆるハイブリッドと呼ばれる種が存在しているのも事実ではある。例えば馬とロバをかけ合わせたラバや、ライオンと虎のあいの子のライガーとかがその仲間だ。しかしそれはあくまで人工的に作られたものであって、自然界で発生した現象ではないのだよ。自然界での発生も完全には否定出来ないのも事実だが、その繁殖は皆無に等しいと言われている。繁殖能力の欠如が交雑の大きな特徴の一つでもあるからな」

「つまりはあの猿は人の手で人工的に作られた、と?」シャオユーが驚きを隠せないといった風にジムへ詰め寄った。

「いや、交配という意味ではそれは無いだろう」

「それじゃあ」

「ここで染色体の問題が出てくる。異種間交配は親同士が同じ染色体数である種同士でしか成立しない。そもそも染色体数が同じでも不妊になるケースの方がよっぽど多いんだ」

バオとシャオユーが理解することに必死だったところを進一が繋げた。

「角のある生物は牛、犀、ヤギなどが挙げられますが、先ほどの猿の頭に見えたのはまるで幻獣のユニコーンのような、細くて螺旋状のものでした。地球上で現存している生物の中ではクジラの仲間に一角という哺乳類がいますが、それが一番近いものに私には見えました。仮にそうだとした場合…」

「やっと理解できたわ。つまりは交配ではなく、物理的な力で猿の額に角が付けられてたと、そう理解するしかないということね」

「悪趣味な動物実験だ。あくまでわしの行き過ぎた想像でしかないんだがな」

「もしそうだとしたら最低な行いね。まあそうと決まったわけじゃないから、とりあえずこの話しはここまでにして、今はこの島を出ることに集中しましょ」

 

 バオたち西側探索チーム以外の皆は既に飛行機の周りに戻って来ていた。

 東側探索チームも西側と同じように、何種類かのフルーツと木の実をバックパック一杯に詰め込んでいる。

「やあバオ、おつかれ!そっちはどうだった?それにしてもまだ全然明るいのが不思議だよね」やはりミンをはじめ他の皆もこの明るさには違和感を覚えていた。時刻は18時を5分程過ぎたところだ。


「多分キャッサバもそこそこあったぞ!すぐに脱出出来るだろうと思って抜いてこなかったがな」

 グエンの言葉に進一は安堵した。

仮にこの遭難が長期化した場合、さすがにフルーツだけで凌ぐには乗客の心理的ストレスや健康上の問題が心配だった。キャッサバのような芋の存在は主食にもなり得る。あとはタンパク源があれば良いのだが。


「どうだ?外部とは何か連絡が取れたか?」

「いえ、やはり全く」進一の問いかけにメグが残念そうに答えた。

「補助動力装置は作動するんですが、どういうわけか通信の類いが一切無効化されてます。携帯電話も依然圏外。ところで機長、少しお話が…」

 成瀬が青ざめた表情で機内に進一を案内した。

外の一同からはコックピットの窓の向こう、成瀬と進一の2人が何事か話し合っている様子が窺えた。


「GNSSでは駄目でしたが、INSでは間違いなくここを指してます」

 進一は5秒程目を閉じてから決断した。

「わかった。乗客に公表しよう」

 10分もしないうちに2人が飛行機を降りて来た。

「皆さん、たった今我々のいる場所が分かりました」

 一同がどよめくのがわかる。

「飛行機の計器類を改めて確認し、慎重に精査した結果、我々は一つの信じられない結果に辿り着きました。皆様どうぞ落ち着いて聞いて下さい」

 もったいつけて伝える必要は無い。無いのだが、極めて異常な事態だった。


「この島は、モーリシャス島から約200km東、つまりはインド洋西部、アフリカ大陸南東のマダガスカル近海にあります」

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