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緑色の閃光

 ベトナム時刻で午前10時25分。けたたましく鳴り続ける警告音の中で今一度集中力を高める。

30分前まで快晴だった進路に、急発達した積乱雲が現れたかと思うと、機体を一気に飲み込んでしまった。まるで巨大な龍がとぐろを巻きながら海上を立ち昇っていくように形成された雲の姿に、パイロット歴15年のベテランでさえ、なす術もなくただただ操縦桿を握っていることしか出来なかった。

「機長!燃料圧力センサーに異常って、一体何が起こってるんですか?!」

「さあな!俺にもさっぱりわからん。左右同時に突如として流量検知が作動するなんて、そんな対処法マニュアルにも載ってないだろうよ!」

 警告音は燃料漏れをセンサーが検知したことにより発せられたもので、それは機体が雲に包まれたのと同時に起こったのだった。

 突然のことだった。

 残量を示す計器類も、つい先ほどまでは燃料が半分以上残っていることを示していたにも関わらず、巨大な黒雲に包まれたその瞬間から残り0を示すほどにまで急激な減り方をしていた。機体の左右2箇所にある燃料タンクが同時にだ。明らかな異常事態である。

 緊急着陸姿勢の確保を乗客へ伝えるよう、機内に1人だけいる客室乗務員のメグへは既に命令していた。

「それにしてもこの積乱雲、回避出来なかったのはやむを得ないとして、落雷の発生頻度が多過ぎやしないですかね?」

「あぁ、そうだな!そんなことより機首上げろっ!フラップアップ!…落ちるぞ!向こう200kmは間違いなく海上なんだ。こんな状況なら不可能に近いが、燃料が無いなら海上に緊急不時着の体勢を取る。何としても生き抜くぞ!」

 

 ホーチミン発クアラルンプール行きビーチクラフト2300は、乗員乗客合わせて13名を乗せフィリピン沖南シナ海海上を15,000フィートの高度で順調に航行中、突如発生した積乱雲に機体を飲み込まれ、さらに不可思議なことに、一瞬にして燃料全てを失うという航空史始まって以来の未曾有の危機に見舞われていた。

「東堂機長、もう限界です!燃料切れのせいでロールコントロールも出来ません、このままだと…」

眼前に稲光りが連発しているせいで、目視による航路確保も出来ず、凄まじい勢いの風と稲光りの中でただただ落下するのを待つだけの状態となっている。

「成瀬!踏ん張るぞ!燃料が無いのにこの状態で錐揉み下降しないのはおかしい。恐らく海上付近で竜巻でも発生しているんだろう。上昇気流に当てられているなら不幸中の幸い。頭ゆっくり下げて慣性で下降するぞ。何もしないよりましだ、あきらめるな!」

 自分自身に言い聞かせるように副操縦士を鼓舞したこの機のキャプテン東堂進一は、轟音とともに激しく揺れるコックピットで家族のことを思っていた。人には諦めるなと言っておきながら、自身では最期の覚悟をしている。

 駄目だ、乗客を見殺しにすることは出来ない。如何なる悪状況をも想定した訓練を嫌というほどやってきたではないか。何か最良の方法があるはずた、考えろ…

「あっ、ダメだ。急降下します…」やってくる重力に対応するべく、全身を強張らせた次の瞬間、稲光りが連発するコックピットの窓の向こうに進一は確かにそれを見た。

落雷の光に混ざり、刹那、緑色の閃光が発生したのだ。

瞬きをすると瞼の裏に緑色の残像が映し出されたことが事実だったことを裏付ける。

「機長!なんですかあれは?見て下さい!」

気がつくと機体を取り巻いていた雲は一瞬のうちに霧散し、晴れ渡る青空が広がっていた。

眼下に広がる海上…いや…陸?なぜだ?さっきから一体何が起こってるというのか。

「成瀬、操縦桿は…握ってないな?燃料ロストしてるのにオートパイロットモードになっているなんて、何もかもがおかしい!」

「このまま行くと前方に見える陸地に着陸します!見たところ進路に人や建造物はありませんので、着陸体勢に入ります」

「待て!オートモードは解除されていないのか?」

飛行機は通常着陸時にはオートパイロットモードではなく、マニュアルで機体操作を行う。

「いえ、最初からオートにはなっていないです!まるでこの陸地に吸い寄せられるように機体が勝手に向かってるようです」

「一体何がどうなっているんだ?とにかく、操縦が効かないならその引力に任せるしかないな。ラダーペダルから足離すなよ!逆噴射準備!見えている範囲で着陸滑走距離に問題はないだろうが、なにしろ舗装路面じゃないのが問題だな」

 上空から視認できた範囲だと、この陸地はおそらく外周30kmほどの島になっており、その中心部のほとんどが熱帯性の草木に覆われているのだか、機体が吸い寄せられているのは、ちょうど草木が生えていない、まるで着陸滑走を促しているような、幅15m、長さ1kmほどのダートロードだった。

「ラジャー!こちら操縦席。メグ!まもなく着陸する。乗客へ衝撃に備えるようアナウンスを頼む」

「了解しました!」

 機内唯一の客室乗務員であり客室責任者も兼ねているメグは、緊張を隠すよう深呼吸を2回。眦を決したままアナウンス用のマイクを握った。

「乗客の皆様へご案内いたします。当機はまもなく緊急着陸いたします。酸素マスクを必ず装着し、体を丸めて低い姿勢で…」

途中ガクンと激しく落下する。

最後に客席全体を見渡し、もう一度「背中を丸めて低い姿勢で!」

 乗客の姿勢を確認したのち、自らも着座し、衝撃とこれから迎えるであろうさらなる不安に備えた。

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