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第9話 消えない噂

翌朝、起きて最初に見たのは、通知の数だった。


未読が、増えている。

減る気配はない。


嫌な予感は、もう予感じゃなかった。


グループチャットを開く。

一番上に、昨夜はなかった名前がある。


知らない人。

でも、界隈では有名なアカウント。


「昨日の件、少し聞いたんだけど」


その一文から始まっていた。


断定はしていない。

でも、状況を丁寧に並べている。


時間。

場所。

服装。

隣にいた人物。


“一般人の女性”。


それだけで、十分だった。


コメントが連なっている。


「え、まじ?」

「確定じゃないよね?」

「でも、距離おかしくない?」


誰かが言う。


「最近、現場で見かけないと思ってた」


心臓が、嫌な音を立てる。


見かけない。

行っていない。

行けなかった。


それが、こうして繋がっていく。


私は、スクロールを止められなかった。


「推し活って、距離感大事だよね」

「選ばれる側になったら、もう違う」


選ばれた。

誰が?

いつ?


何も、確定していない。

なのに、物語だけが完成していく。


スマホを握る手が、冷たくなる。


名前は、まだ出ていない。

でも、それも時間の問題だ。


匂わせ。

特定。

過去の投稿。


少しずつ、私に近づいてくる。


個別メッセージが届く。


「大丈夫?」

「巻き込まれてない?」


心配と好奇心が、混ざった言葉。


どれにも、返せない。


正解が、分からない。


否定すれば、嘘になる。

沈黙すれば、疑われる。


どちらを選んでも、

何かが削れていく。


あの人からの連絡は、まだ来ていない。


それが、逆に怖かった。


守ろうとしているのか。

距離を取っているのか。


考えても、分からない。


画面の中で、

推しはいつも通り、笑っている。


何も知らない顔で。

知っているかもしれない顔で。


その境界が、分からなくなる。


噂は、消えなかった。

否定されない限り、

それは、事実の顔をする。


私は、スマホを置いて、

深く息を吸った。


ここから先は、

もう、推し活のルールが通じる世界じゃない。


そう、はっきり分かってしまった。

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