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第8話 何も言えなかった夜

返事をしないまま、時間だけが過ぎていった。


スマホは、画面を伏せたまま。

通知音が鳴るたび、心臓が跳ねる。


グループチャットは、もう見ていない。

見なくても、何が起きているか分かる。


憶測。

否定。

擁護。

そして、次の疑い。


沈黙は、いちばん都合のいい材料になる。


分かっているのに、

指が動かない。


言えばいい。

「違う」と。

それだけで、場は収まるかもしれない。


でも、その言葉は、嘘になる。


じゃあ、正直に言う?

一緒にいた。

声をかけられた。

また会う約束もした。


そんなこと、書けるはずがなかった。


推し活の世界は、優しい。

でも同時に、脆い。


守られているのは、

距離を守る者だけだ。


スマホが、また震える。


今度は、あの人からだった。


「無理しなくていい」

「今日は、返事しなくていいから」


優しさが、胸に刺さる。


無理しているのは、誰のせい?

返事ができないのは、どっち?


考えるほど、答えが遠くなる。


画面を見つめながら、

言葉を打っては消す。


「大丈夫」

「気にしないで」

「ごめん」


どれも、違う。


送信しないまま、夜が深くなる。


ベッドに横になっても、

目は閉じられなかった。


画面の中の推し。

画面の外の、あの人。


同じ顔なのに、

立っている場所が、違いすぎる。


推していた時間が、頭をよぎる。

守ってきた距離。

積み重ねてきたルール。


それを壊したのは、

ほんの一言と、ひとつの選択。


何も言えなかった夜は、

静かに、でも確実に、

明日を悪い方向へ押し出していく。


そのことに、気づいていながら、

私は、眠ることもできずにいた。

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