第7話 知られてはいけない名前
スマホが震えたのは、帰宅してすぐだった。
画面を見る前から、嫌な予感がしていた。
こういう予感は、だいたい当たる。
通知。
グループチャット。
推し活仲間の名前が、いくつも並んでいる。
開かなければいい。
でも、指はもう動いていた。
「ねえ、これ見た?」
「今日の帰り、見かけたって」
「似てる人かな?」
スクロールするたびに、心臓が重くなる。
曖昧な言葉。
断定しない書き方。
でも、写真ははっきりしていた。
横顔。
服装。
時間帯。
――私が、一緒にいたときのもの。
撮られた覚えは、ない。
でも、誰かが見ていた。
当たり前だ。
あの人は、そういう存在だ。
息が、浅くなる。
コメントが、増えていく。
「隣の人、誰?」
「一般人っぽい?」
「距離、近くない?」
“距離”。
その一言が、胸に刺さる。
近かった。
確かに。
推し活の距離じゃ、なかった。
「違うよね?」
「さすがに関係ないよね」
否定を待つ空気。
誰かの言葉で、安心したい流れ。
私は、何も打てなかった。
否定すれば、嘘になる。
肯定すれば、壊れる。
スマホを伏せる。
画面の向こうで、
世界が勝手に形を作り始めている。
もう一度、振動。
今度は、個別の通知だった。
短いメッセージ。
「大丈夫?」
それだけ。
名前もない。
説明もない。
それなのに、全部分かっている気がして、
胸が、ぎゅっと縮む。
私は、すぐに返事ができなかった。
大丈夫じゃない。
でも、助けを求める資格があるのか、分からない。
数分。
それとも、数秒。
考えている間にも、
噂は、きっと広がっていく。
推すだけのはずだった。
名前を呼ばれる側になるなんて、
思っていなかった。
私は、画面を見つめたまま、動けずにいた。
選んだのは、自分だ。
でも。
代償が、こんなに早く来るなんて、
聞いていなかった。




