第60話 告白前の距離
二人きりの空間。
誰もいないカフェの奥の席。
窓の外には、
夜の街灯が淡く揺れる。
いつも通りの話題で、
時間を消費する。
でも、
視線は逸らせない。
彼が、
コーヒーを一口飲むたびに、
胸がざわつく。
「……ちょっと、近づいてもいい?」
唐突な質問。
けれど、
声は静か。
私は、
一瞬迷う。
「まだ」
その言葉は出ない。
ただ、うなずく。
距離が縮まる。
呼吸が重なる。
手を触れないまま、
ひじが触れる。
心臓が、
少し速くなる。
視線が合う。
何も言わずに、
ただ見つめ合う。
沈黙の中で、
時間が止まる。
彼が、少し笑う。
「…変な緊張感だね」
私も、
微かに笑う。
それだけで、
全てが伝わる。
告白はない。
でも、
空気は告白に満ちている。
胸の奥で、
小さな火花が散る。
手を握りたい。
でも、まだ握らない。
声を聞きたい。
でも、まだ囁かれない。
それが、
今の距離。
安全と危険の境目。
それを、
互いに楽しむように、
見つめ合う。
夜が深くなる。
別れる瞬間、
彼の手が、少しだけ私の手首に触れる。
ほんの短い時間。
でも、
確かに伝わる。
「もう少し」
彼の目が告げている。
「あと少しで、全部を受け入れる」
私は、
微笑みながら、うなずく。
心臓はまだ速い。
でも、後悔はない。




