第58話 期限が溶ける
三ヶ月、という言葉は、
思ったより軽かった。
カレンダーに書き込んだはずなのに、
日付は、
あっという間に流れていく。
会う頻度は、
自然に増えた。
仕事終わりに、
短い食事。
休日の、
少し長い散歩。
理由を探さなくても、
会っていた。
「今日は、どうする?」
「少しだけ、会える?」
その“少し”が、
一番危ない。
気づけば、
彼の部屋の近くを歩いている。
入らない。
まだ。
それが、
合言葉みたいになっていた。
でも、
感情は、
そんな約束を知らない。
笑った顔。
疲れた横顔。
コートの袖を、
無意識につかむ癖。
全部が、
近すぎる。
ある夜、
帰り道。
信号待ちで、
隣に立つ。
人通りは、
少ない。
彼が、
何も言わずに、
私の手に触れた。
一瞬。
でも、
離れなかった。
私は、
拒まなかった。
そのまま、
指が絡む。
心臓が、
うるさい。
「ごめん」
彼が、小さく言う。
でも、
手は離れない。
「いい」
私は答える。
声が、
少し震えていた。
期限なんて、
頭から消えていた。
この瞬間に、
集中しすぎて。
信号が変わっても、
少しだけ動けなかった。
手を繋いだまま、
歩き出す。
誰も、
何も言わない。
それが、
答えみたいだった。
駅に着いて、
改札の前。
名残惜しくて、
視線が離れない。
「……危ないね」
彼が、笑う。
「うん」
私も笑う。
危ない。
でも、
嫌じゃない。
別れてから、
スマホを見る。
通知が来ている。
「今日は、ありがとう」
「ちゃんと、ブレーキ踏む」
私は、
少しだけ考えてから返す。
「次は、私が踏むかも」
期限は、
確かに存在する。
でも、
感情は、
すでに境界を越え始めていた。




