第55話 近づかない優しさ
それから、
彼は少し変わった。
連絡の頻度は、
変わらない。
言葉も、
丁寧なまま。
でも、
距離がある。
会っても、
触れない。
近づきすぎない。
意識的すぎて、
分かる。
守っている。
私を。
そして、
自分を。
最初は、
楽だった。
安心だった。
でも、
三回目の食事の帰り。
改札前で、
いつものように立ち止まって。
「じゃあ、また」
その一言で、
胸が、少しざわつく。
あれ?
と、思う。
私は、
こんな距離を、
望んでいたはずなのに。
帰りの電車で、
窓に映る自分を見る。
落ち着いた顔。
大人の選択。
でも、
どこか、物足りない。
次に会ったとき。
彼は、
一歩分、距離を保って歩く。
笑う。
気遣う。
完璧。
完璧すぎる。
「ねえ」
思わず、口に出る。
彼が、
立ち止まる。
「私」
少し迷ってから言う。
「避けられてる?」
彼は、
驚いた顔をした。
すぐに、
首を振る。
「違う」
「ただ……」
言葉を選ぶ。
「この前」
「ちゃんと線を引いてくれたから」
守っている。
約束を。
それは、
正しい。
でも、
正しさは、
必ずしも、心地よくない。
「私は」
続ける。
「触れられたくない、とは言ってない」
空気が、
少し変わる。
彼は、
黙って私を見る。
「私が」
言葉を探す。
「自分で選びたいだけ」
近づくか。
離れるか。
それを、
一方的に決められたくない。
彼は、
深く息を吸ってから言った。
「……分かった」
一歩、
距離が縮まる。
でも、
触れない。
その中間が、
今の正解。
駅に着く。
今日は、
どちらからともなく、
手が、近づく。
触れないまま、
並ぶ。
その曖昧さに、
胸が、少しだけ高鳴る。
優しさは、
時に、距離になる。
でも、
距離は、
調整できる。




