第53話 強さの裏側
その夜は、
なかなか眠れなかった。
考えないようにしても、
言葉だけが、
何度も浮かぶ。
「逃げた」
「後悔してる」
誠実だった。
でも、
救いではなかった。
朝、
少し重たい頭で出勤する。
仕事は、
いつも通り。
資料をまとめて、
会議に出て、
淡々と進める。
周囲は、
誰も気づかない。
私は、
ちゃんとしている。
そう見える。
昼休み、
一人で食べるランチ。
スマホを伏せたまま、
箸を進める。
ふと、
思う。
私は、
いつから強くなったんだろう。
泣かなくなって、
縋らなくなって、
期待を口にしなくなった。
それは、
成長だった。
でも、
同時に。
「弱くなれない」
という、
鎧でもある。
仕事帰り、
彼から短い連絡が入る。
「今日は、無理しないで」
理由も、
説明もない。
それだけ。
胸が、
少しだけ、揺れる。
分かってほしいわけじゃない。
支えてほしいわけでもない。
でも、
気づかれていることに、
戸惑う。
夜、
部屋で一人になる。
電気をつけず、
ソファに座る。
静かすぎて、
自分の呼吸が聞こえる。
もし、
あのとき。
違う選択をしていたら。
考えそうになって、
首を振る。
過去は、
変えない。
でも、
感情は、
なかったことにしない。
私は、
スマホを手に取る。
短い文を打つ。
「今日は、少しだけ、弱い」
送信して、
すぐ後悔する。
でも、
消さなかった。
しばらくして、
返事が来る。
「それでいい」
「今度、会ったときでいいから」
今すぐ来ない。
慰めない。
抱きしめない。
それが、
ちょうどいい。
私は、
小さく息を吐く。
強さの裏側を、
一瞬だけ見せた。
それだけで、
少し楽になった。




