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第52話 言葉にしなかった後悔

会ったのは、

夜だった。


前みたいに、

偶然を装わない。


彼のほうから、

「話したいことがある」

そう言われていた。


場所は、

静かなバー。


照明が低くて、

周囲の会話が溶ける。


グラスを挟んで、

向かい合う。


しばらく、

他愛ない話をしてから。


彼は、

意を決めたように、

口を開いた。


「三年前のこと」

「ちゃんと話したい」


私は、

うなずくだけ。


覚悟は、

もうできていた。


「逃げた」

彼は、はっきり言った。


言い訳も、

前置きもない。


「守るって言いながら」

「一番楽な方を選んだ」


指先が、

グラスを強く握る。


「君が」

一瞬、言葉を探す。


「どんな目で見られるか」

「想像できてたのに」


私は、

黙って聞く。


否定も、

慰めもしない。


「それでも」

彼は続ける。


「仕事も」

「自分の立場も」

「全部、手放せなかった」


沈黙。


音楽だけが、

流れる。


「後悔してる?」


私は、

静かに聞いた。


彼は、

即答しなかった。


でも、

逃げもしなかった。


「してる」

「今も」


その言葉は、

軽くなかった。


「だから」

彼は、

少しだけ視線を上げる。


「許してほしいとは、言わない」

「やり直したい、とも言えない」


正直すぎて、

少しだけ残酷。


「ただ」

「もう一度」

「逃げない選択を、させてほしい」


私は、

深く息を吸う。


胸が、

少しだけ痛む。


それは、

怒りじゃない。


理解に近い、

感情。


「私は」

ゆっくりと言う。


「まだ、許してない」


彼は、

うなずく。


「でも」

続ける。


「話してくれてよかった」


それだけで、

十分だった。


バーを出て、

夜風に当たる。


並んで歩く。


今日は、

触れない。


でも、

距離は近い。


過去は、

消えない。


でも、

言葉にしたことで、

形が変わった。


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