第51話 過去を知る人
それは、
本当に偶然だった。
仕事帰り、
駅前の書店に立ち寄ったとき。
名前を呼ばれて、
振り返る。
「あれ……?」
相手も、
同じ顔をしていた。
三年前、
あの一連の出来事を、
一番近くで知っていた人。
当時の、
職場の同僚。
「久しぶり」
「元気そうだね」
軽い調子。
でも、
視線は一瞬だけ、
探るように動く。
立ち話も何だからと、
近くのベンチに座る。
近況報告。
仕事の話。
他愛ない話。
数分後、
彼女は、
ふと、言った。
「そういえば」
「最近、あの人と会ってるって聞いた」
心臓が、
一拍、遅れる。
噂は、
やっぱり、回る。
「誰から?」
「共通の知り合い」
「悪い意味じゃないよ」
そう前置きしてから、
続ける。
「大丈夫?」
「今度は」
その一言に、
全部が詰まっていた。
心配。
警戒。
過去の記憶。
私は、
少し考えてから答える。
「大丈夫かどうかは」
「まだ、分からない」
正直な答え。
彼女は、
驚いたように目を瞬かせる。
「でも」
私は続ける。
「前みたいには、ならない」
言い切る。
「今回は」
「私が、選んでるから」
彼女は、
少しだけ安心した顔をした。
「なら、いい」
それだけ言って、
話題を変える。
別れ際、
彼女は振り返って言った。
「自分を失わないでね」
私は、
小さくうなずく。
帰り道、
その言葉が、
胸に残る。
失うかもしれない。
それでも、
進んでいる。
彼に、
この出来事を話すべきか、
少し迷う。
でも、
隠す理由はない。
夜、
短いメッセージを送る。
「今日、昔の知り合いに会った」
「あの件、知ってる人」
少しして、
返事が来た。
「教えてくれてありがとう」
「今度、ちゃんと話したい」
逃げない。
誤魔化さない。
それだけで、
十分だと思えた。
過去は、
追いかけてくる。
でも、
今回は、
足を取られない。




