第45話 何も起きない会話
近くのカフェに入った。
夜遅くて、
客はまばら。
静かすぎて、
会話が逃げ場を失う。
向かいに座る彼は、
メニューを開いたまま、
何も決められずにいた。
「……変わったね」
先に言ったのは、
彼のほうだった。
外見の話じゃない。
それは、分かる。
「そう?」
私は、
カップを両手で包む。
「前より、強い」
「というか……線がはっきりした」
線。
三年前、
私に一番なかったもの。
「そっちは?」
聞き返すと、
彼は、少し困ったように笑った。
「弱くなった」
「守れないものが、増えた」
それは、
自慢でも、悲劇でもない言い方。
ただの事実。
沈黙。
気まずさは、
意外と、なかった。
昔なら、
この空白を、
意味で埋めようとした。
今は、
そのまま置ける。
「連絡しなかった理由」
彼が、ぽつりと言う。
私は、
首を振った。
「聞かなくていい」
「もう、知ってるから」
彼は、
少し驚いた顔をした。
「全部じゃないけど」
「十分だった」
過去を、
精算するために会っているわけじゃない。
それを、
お互い、分かっている。
「今日は」
彼が、コーヒーを一口飲む。
「会えただけで、よかった」
「それだけ」
逃げでも、
期待でもない。
中途半端な、
正直さ。
私は、
立ち上がった。
「今日は、ここまで」
彼も、
素直に立つ。
店の外で、
別れる前。
彼は、
少しだけ、言い淀んでから、
こう言った。
「また、会える?」
問いかけ。
選択権は、
完全に、私にある。
私は、
少し考えてから答えた。
「分からない」
「でも――」
一歩だけ、
距離を詰める。
「今日みたいなら」
それだけで、
十分だった。
別れ際、
振り返らなかった。
追われる感覚も、
追う感覚もない。
ただ、
余韻だけが残る。




