第40話 名前を取り戻す
久しぶりに、
自分の名前を書いた。
宅配の受け取り。
それだけのこと。
でも、
ペン先が、少しだけ止まった。
ここしばらく、
私はずっと、
「誰かの噂」だった。
推しのファン。
海外の一般人。
例の投稿の人。
どれも、
私じゃない。
名前を書くことで、
輪郭が戻ってくる。
私は、
私はだ。
ネットを開くと、
例の話題は、
ほとんど流れていなかった。
新しい炎上。
新しい失言。
新しい被害者。
世界は、
忙しい。
少しだけ、
救われる。
私は、
新しいアカウントを作った。
匿名でも、
実名でもない。
過去と切り離した、
ただの居場所。
推しの話は、書かない。
炎上の話も、書かない。
代わりに、
日常を書く。
今日食べたもの。
見た映画。
考えたこと。
驚くほど、
反応は普通だった。
誰も、
深読みしない。
探らない。
それが、
こんなに楽だなんて、
知らなかった。
夜、
スマホが震えた。
ニュース通知。
――〇〇、活動再開を示唆
画面を、
すぐには閉じなかった。
でも、
追いもしない。
胸は、
少しだけ、痛む。
それでも、
もう、崩れない。
推しは、
推しだった。
でも、
私の人生の軸じゃない。
それを、
ようやく、
自分で決められた。
私は、
スマホを伏せて、
深呼吸する。
名前を持つ。
選ぶ。
立つ。
それだけで、
十分だ。
次は、
最後の選択。
終わらせるか、
続けるか。
――私が、決める。




