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第4話 近すぎる距離

信号を渡りきったところで、人の流れが分かれた。


右へ行く人。

左へ行く人。


私は、左。


一歩踏み出した瞬間、背後の気配が、同じ方向へ動いた。


……まだ、いる。


そう思っただけで、胸の奥がざわつく。


ここまで来たら、もう偶然とは言えない。

それでも、振り返る勇気はなかった。


知らないふりを続ければ、やり過ごせる。

推し活は、そういうものだ。

線を越えないことが、正解。


分かっている。


なのに。


歩道が少しだけ狭くなって、距離が詰まる。

腕が触れそうで、触れない。


その隙間が、いちばん苦しい。


視線を前に固定したまま、呼吸を整える。

心臓の音が、うるさい。


そのとき。


「……」


すぐ隣で、確かに声が落ちた。


呼ばれてはいない。

名前もない。


ただ、音だけ。


でも、間違えようがなかった。


足が止まる。

反射的に。


それに合わせて、隣の足音も止まる。


静かすぎて、周囲の雑音が遠のく。

世界が、ここだけ切り取られたみたいに。


逃げるなら、今だ。


そう思ったのに。


私は、止まったまま、前を向いていた。


言葉は、続かない。

向こうも、何も言わない。


それでも、近い。


視線を感じる。

それが、さっきまでとは違う。


確認するような。

確かめるような。


私は、ついに横を見た。


ほんの一瞬。

それだけのつもりで。


目が合った。


思っていたより、ずっと普通の目だった。

ステージの上で見るより、静かで、近くて。


逃げ場がなくなる。


笑ってもいない。

困ってもいない。


ただ、そこにいる。


その事実だけで、胸がいっぱいになる。


何かを言わなきゃ。

何かを、選ばなきゃ。


でも、口は開かなかった。


代わりに、向こうが、ほんの少しだけ、息を吸った。


次は、きっと、言葉になる。


そう分かってしまったところで、

時間が、また動き出した。

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