第38話 にじむ意思
その夜、眠りかけた頃に、
スマホが震えた。
非通知じゃない。
でも、
名前も表示されない。
番号だけ。
胸が、
嫌な音を立てる。
出るか、出ないか。
一秒、迷って、
出た。
「……起きてる?」
あの人の声だった。
少し、掠れている。
遠慮がちで、
でも、はっきり分かる。
「今は、話しちゃだめだよな」
自嘲気味な声。
私は、
何も言えなかった。
止める理由も、
続ける理由も、
同じくらい、ある。
「でも」
短く、息を吸う音。
「消させるつもりはない」
その一言で、
心臓が強く打つ。
「全部、読んだ」
「事実だって、分かってる」
じゃあ、なぜ。
問いは、
口に出せなかった。
「俺が言えるのは、ここまで」
「これ以上、関わったら」
「君が、もっと傷つく」
それは、
忠告なのか、
逃げなのか。
分からない。
「でも」
声が、少しだけ強くなる。
「間違ってなかった」
「君が書いたこと」
胸の奥が、
熱くなる。
肯定された。
初めて。
「選ばせなかったのは、俺だ」
「それだけは、はっきり言える」
その言葉は、
謝罪でも、
告白でもない。
でも、
責任の所在を、
自分に引き寄せた言葉だった。
「これで終わりにする」
「連絡も、もうしない」
静かな宣言。
「ただ」
最後に、間を置いて。
「君が、消えなくてよかった」
通話は、
それで切れた。
画面に映る、
通話終了。
私は、
しばらく、動けなかった。
守られたわけじゃない。
選ばれたわけでもない。
それでも、
否定されなかった。
それだけで、
十分すぎるほどだった。
推しは、
遠い場所にいる。
それは、
変わらない。
でも、
私の存在が、
誰かの判断ミスとして、
消されなかった。
それが、
小さな、救い。
にじむ意思は、
言葉にならないまま、
確かに、残った。
次は、
私自身が、
「どう生きるか」を選ぶ番だ。




