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第36話 静かな拡散

朝、目が覚めて、

一番に思ったのは後悔だった。


投稿してしまった。

取り消せない。


スマホを見るのが、怖い。


それでも、

見ないままではいられなかった。


通知は、爆発していない。

炎上の気配も、ない。


代わりに、

静かすぎるほど、静かだった。


少し遅れて、

ぽつぽつと、反応が増える。


「冷静だと思った」

「感情を煽ってないのが逆に怖い」

「これ、作り話じゃないよね?」


疑い。

距離。

観察。


誰も、

はっきり味方をしない。


でも、

はっきり敵にもならない。


それが、

今までで一番、救いだった。


昼過ぎ、

ひとつのコメントが目に留まる。


「同じ立場になったことがある」

「誰のことでもないけど、分かる」


名前も、説明もない。

ただ、それだけ。


胸の奥が、

少しだけ、緩む。


夕方になると、

状況が変わり始めた。


まとめアカウント。

考察スレ。

スクリーンショット。


事実だけを書いたはずなのに、

物語が、勝手に肉付けされていく。


「この人、悪くなくない?」

「大人すぎる」

「むしろ被害者では」


評価が、

私の手を離れていく。


怖い。

でも、

完全な否定よりは、ずっといい。


その夜、

非通知の着信は、なかった。


代わりに、

知らない番号から、短いメッセージ。


「事務所、困ってるらしいね」


誰か分からない。

聞く気にもならない。


私は、

画面を伏せた。


もう、

巻き戻しはしない。


選んだ言葉は、

私のものだ。


静かに広がる波紋は、

まだ、小さい。


でも、

確実に、

世界の一部を揺らしている。


私は、

初めて思った。


この話は、

私だけのものじゃなくなった。


そして、

ここからが、

本当の分岐点だと。

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