輪郭を残す
書き終えたメモを、読み返した。
事実だけを並べたはずなのに、
感情は、行間から溢れていた。
いつ。
どこで。
何があったか。
触れていないこと。
約束していないこと。
越えなかった一線。
それでも、
“近づいた”という事実だけは、
消せなかった。
私は、パソコンを開く。
匿名で投稿できる場所。
告発でも、暴露でもない。
ただ、
経緯を整理して書ける場所。
一瞬、迷う。
これを書いたら、
完全に戻れなくなる。
でも、
もう戻る場所もない。
私は、打ち始めた。
「私は、ファンでした」
その一文に、
少しだけ、指が止まる。
過去形にするしかなかった。
推し活の距離。
偶然の再会。
誤解。
沈黙。
海外。
事実だけ。
評価は、書かない。
相手を守る言葉も、
責める言葉も、
あえて、削った。
最後に、一行だけ付け加える。
「誰かを傷つけるためではなく、
自分が壊れないために書きました」
投稿ボタンの上で、
指が止まる。
事務所の紙が、
頭をよぎる。
怖い。
正直、怖い。
でも、
黙ることが、
一番、自分を切り捨てる行為だと、
もう、分かっていた。
私は、押した。
画面が、切り替わる。
投稿完了。
胸が、
妙に、静かになる。
選んだ。
守るでも、
追うでもなく、
自分の輪郭を残すことを。
外で、
車の音がする。
世界は、何も変わっていない。
でも、
私の中でだけ、
何かが、はっきりした。
選ばれてしまった私が、
初めて、
自分の意思で、
立った瞬間だった。




