第33話 まだ終われない
帰国便の中で、
眠れなかった。
機内の照明は落ちて、
周囲は静かなはずなのに、
頭の中だけが騒がしい。
目を閉じると、
あのホテルの廊下が浮かぶ。
あの人の声。
迷いの目。
そして、
スマホの通知。
機内モードを解除した瞬間、
現実が襲ってきた。
未読、三十件。
知らない番号。
知っている名前。
見覚えのあるアイコン。
全部、怖い。
一番上に、
あの人からのメッセージは、
なかった。
代わりに、
公式アカウントの投稿。
――一部報道について
――事実無根
――プライベートの詮索は控えてください
冷たい文面。
守っているようで、
誰も守っていない。
到着のアナウンス。
拍手。
日常。
私だけが、
場違いみたいだった。
空港のゲートを出た瞬間、
空気が重くなる。
視線。
自意識だと、
分かっている。
でも、
一度、疑い始めたら、
止まらない。
改札を抜けて、
スマホを開く。
トレンドに、
見覚えのないタグ。
でも、
中身は、分かる。
・匂わせ
・海外同行
・特定班仕事早すぎ
・一般人なら尚更アウト
胸が、
ぎゅっと縮む。
「私じゃない」
「何もしてない」
そう言いたいのに、
言えば言うほど、
火に油を注ぐだけ。
駅のホームで、
立ち尽くす。
逃げ場が、
ない。
そのとき、
スマホが震えた。
非通知。
一度、
切ろうとして、
指が止まる。
出てしまった。
「……今、話せる?」
あの人の声。
雑音混じりで、
遠い。
「ごめん」
「想像以上に、広がってる」
他人事みたいな言い方。
でも、
責める気力もない。
「君の名前は、出させない」
「俺が、何とかする」
守ってくれる?
それとも、
切り捨てる準備?
分からない。
「連絡は、控えたほうがいい」
「しばらく、距離を置こう」
距離。
また、その言葉。
「……分かった」
それしか、
言えなかった。
通話が切れる。
世界が、
少し、静かになる。
でも、
同時に、
何かが完全に切れた音がした。
推し活は、
もう、戻らない。
でも、
私はまだ、
終われない。
このまま、
名前のない誰かとして、
消えるか。
それとも――
選ばれてしまった私が、
もう一度、
選ぶ番だった。




