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第32話 嫌な予感

エレベーターの中で、

涙は出なかった。


泣くには、

気持ちが追いついていない。


ただ、

身体だけが重い。


一階に着く。

扉が開く。


外は、

何事もなかったみたいに、

明るい。


スマホが震えた。


通知。


嫌な予感がして、

立ち止まる。


――速報

人気アイドル・〇〇、海外滞在中の目撃情報


息が止まる。


記事は、

もう拡散されていた。


空港。

ホテル周辺。

ぼやけた写真。


そして、

その中に。


――私らしき影。


全身が、

冷たくなる。


「……嘘」


私の顔は、

映っていない。


でも、

位置と時間が、

完全に一致している。


コメント欄。


・彼女?

・一般人じゃない?

・ファンなら距離感守れ

・裏切り


指が、

震えてスクロールできない。


一瞬で、

世界が反転する。


推し活は、

一人で完結するものだと、

思っていた。


でも、

現実は違う。


誰かの視線が、

常に、そこにある。


電話が鳴る。


日本の番号。


出られない。


鳴り止まない。


「お願いだから」

小さく、つぶやく。


あの人からの連絡は、

来ない。


それが、

いちばん、きつい。


一人で選んだ。

一人で来た。

一人で、帰る。


私は、

ホテルを出た。


空港へ向かうタクシーの中、

窓に映る自分が、

ひどく、知らない人みたいだった。


推しは、

遠い存在であるべきだった。


その当たり前を、

壊したのは、

私自身。


でも、

この炎上は、

私だけの問題じゃない。

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