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第2話 逃げたいのに、同じ速度

視線を切るタイミングを、完全に失っていた。


気づかないふりをするには、遅すぎた。

逸らすには、もう一度、確かめてしまったあとだった。


やっぱり、いた。


似ている人じゃない。

そう結論づけるには、十分すぎるほどの情報が、目に入ってくる。


立ち姿。

視線の高さ。

周囲との距離の取り方。


知っている。

何度も見てきた。

画面越しに、ステージの上で。


なのに今は、同じ通路に立っている。


心臓が落ち着かない。

息をするたびに、胸の奥がきゅっと縮む。


落ち着いて。

勘違いするな。


推し活は、距離感がすべてだ。

向こうが気づくはずがない。

こちらが勝手に意識しているだけ。


そう思おうとした瞬間、歩く速度が、同じになった。


偶然。

たまたま。


そう言い聞かせるたびに、理由が薄くなっていく。


人混みが一瞬だけ途切れて、横に並ぶ形になる。

肩と肩の間に、わずかな空間。


近い。


近すぎる。


視界の端に、横顔が入る。

見てはいけないと思うほど、視線が引き寄せられる。


そのとき、向こうが少しだけ歩調を落とした。


私に合わせるみたいに。


胸の奥が、ぞわっとした。


まさか。

そんなはず、ない。


足を速める。

一歩、二歩。

逃げるつもりで。


それでも、距離は変わらなかった。


同じ速度。

同じ方向。


まるで、最初から決まっていたみたいに。


呼吸が浅くなる。

頭の中で、警鐘が鳴り続ける。


これは、踏み込んじゃいけない領域だ。

分かってる。

分かっているのに。


ふと、視線を感じて、横を見る。


目が合った。


今度は、はっきりと。


逃げ場がなくなる。

その目は、迷っていなかった。


知っている人を見る目だった。


その瞬間、理解してしまった。


偶然じゃない。

気づかれている。


それでも、声はかからない。

名前も呼ばれない。

ただ、同じ速さで歩いているだけ。


それが、逆に怖かった。


もし、ここで声をかけられたら。

もし、何か言われたら。


そう考えただけで、足がすくむ。


なのに。


逃げきれなかった。


角を曲がるところで、ほんの少しだけ、距離が詰まる。

風に揺れた服が、触れそうになる。


触れていない。

でも、確かに近い。


推すだけのはずだった。

遠くから、見ているだけのはずだった。


その距離が、もう守れなくなっている。


私は、まだ何も選んでいない。

何もしていない。


それなのに、世界のほうが、勝手に近づいてきていた。

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