第16話 越えなかった一線
別れてから、しばらく歩いた。
どこに向かっているのか、分からないまま。
足だけが、勝手に前に出る。
触れなかった。
それだけが、頭に残っていた。
触れなかったから、正解だった?
触れなかったから、終われる?
どちらも、違う気がした。
スマホが震える。
一瞬、立ち止まる。
見なくても、誰からか分かってしまう。
「今日は、ありがとう」
「無理させてたら、ごめん」
優しい言葉。
でも、そこには、線がある。
これ以上、踏み込まないという線。
もう一度、引き直された境界。
私は、画面を見つめたまま、深く息を吸った。
今なら、言える。
今しか、言えない。
そう思った。
「……私」
「これ以上は、会わないほうがいいと思います」
送信した瞬間、
胸が、強く痛んだ。
すぐに、後悔が押し寄せる。
でも、取り消せない。
しばらくして、返事が来る。
「そうだね」
短い。
でも、否定はしていない。
「正しいと思う」
「ありがとう、言ってくれて」
正しい。
その言葉で、
何かが、静かに終わった。
私は、スマホをしまう。
画面の外で、
推しは、また遠くなる。
推していた距離より、
少しだけ、遠い場所へ。
越えなかった一線。
それは、誇れる選択だったはずなのに、
胸の奥は、空いたままだった。
選ばれなかった恋は、
選ばなかった恋より、
ずっと、後を引く。
私は、夜の街を歩きながら、
ようやく、ひとつのことを認めた。
――まだ、終われていない。
越えなかった一線が、
私を、次の迷いへ連れていくことを。




