第15話 聞いてはいけない理由
少し歩いたところで、足を止めた。
人通りは、さっきより少ない。
声を潜めれば、会話は外に漏れない。
その沈黙が、怖かった。
何かを言われる前に、
何かを言わなきゃいけない気がして。
でも、言葉が出ない。
先に、向こうが口を開いた。
「……あのとき」
一瞬、視線が逸れる。
「ああするしか、なかった」
分かっている。
それを聞くために来たわけじゃない。
なのに、胸の奥が、静かに痛む。
「あなたを、守れなかった」
守る。
その言葉が、遅れて届く。
守られる側と、
切り捨てられる側。
あの線が、頭に浮かぶ。
「正直に言うと」
少しだけ、間。
「選ばなかった理由は」
「あなたじゃ、なかったからじゃない」
心臓が、跳ねる。
聞いてはいけない。
でも、耳は塞げない。
「俺が、失うものが多すぎた」
仕事。
立場。
積み上げてきたもの。
全部、理解できる。
全部、正しい。
だからこそ。
「……じゃあ」
気づいたら、声が出ていた。
「私が、もっと」
「失うものがなかったら」
言いかけて、止まる。
言葉にした瞬間、
自分が、どれだけ危ういことを
考えているか分かってしまった。
向こうは、すぐに否定しなかった。
その沈黙が、
一番、残酷だった。
「そういう話じゃない」
ようやく、そう言われる。
でも、否定は、完全じゃない。
「ただ」
「今の俺には、選べなかった」
今。
その言葉が、引っかかる。
私は、俯いた。
聞いてしまった。
聞かなければ、よかった。
理由を知ると、
納得より先に、
期待が生まれてしまう。
それが、いちばん危険なのに。
「……今日は、ここまでにしよう」
向こうが、そう言った。
正しい判断。
でも、少し遅い。
私は、頷いた。
別れ際、
ほんの一瞬だけ、視線が重なる。
触れなかった。
何も、約束しなかった。
それなのに。
聞いてはいけない理由を、
聞いてしまった夜は、
終わったはずの気持ちに、
名前を与えてしまった気がした。




