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プロローグ。

その村は、死者によって編まれていた。




 家々の柱は巨獣の肋骨で組まれ、壁は丁寧になめされた祖先の皮膚で覆われている。屋根には骨盤が瓦のように並び、風が吹くたびに、頭蓋骨の風鈴がカラカラと乾いた音を奏でる。




 傍から見れば地獄のような光景だろう。だが、俺たちにとっては違う。




 ここは、死んだ家族がいつまでも共に在る、世界で一番温かい場所だ。




 コツ、コツ、と小気味よい音が響く。




 俺――オーズは、ノミを振るう手を止めて、目の前の柱を愛おしげに撫でた。




 飴色に磨き上げられたその柱は、去年の冬に亡くなった祖父の大腿骨だ。硬く、しなやかで、家を支えるには最高の素材だった。




「お兄ちゃん! じいじ、いい音してる?」




 工房の扉が勢いよく開き、妹のアリスが飛び込んでくる。まだ七歳のアリスは、俺が削り出したばかりの『祖父の柱』に抱きつくと、頬をすり寄せた。




「うん、あったかい。じいじの匂いがする」




「ああ。爺ちゃんは立派な『大黒柱』になったよ。これで俺たちの家は、あと五十年は安泰だ」




 俺たち『骸工族』にとって、死は終わりではない。死者に包まれて眠り、死者に守られて生きる。それが俺たちの誇りであり、愛の形だった。




「あらあら、アリスったら。お仕事の邪魔をしちゃだめよ」




 奥から母のソフィアが、昼食の入った籠を持って現れる。




「ごめんなさい、お母さん! でもね、お兄ちゃんが凄いの。この家、村で一番強くてかっこいいよ!」




「ふふ、そうね。オーズは村一番の建築士だもの。……いつか私がお婆ちゃんになって死んだら、オーズ、あなたに素敵な窓枠にしてほしいわ」




「母さんは気が早いよ。……でも、約束する。最高の南向きの窓にするよ。いつでも日向ぼっこができるように」




 骸工族の女性は皆々お高やかな性格をしている。おそらく、この、死んだ後も家族と共に家の一部として生きていけるという死生観に基づいているのだろう。




 そよ風みたいに静かで、優しく喋る爺ちゃんだった。




 爺ちゃんが死んですぐは、会えなくなったことを2人は悲しんでいたが、次の日にはケロッとした顔で


「じいじの肋骨にボコッとしたのがあるー!」「あらあら⋯じゃあそれでオーズとチャンバラでもしてきたら?」などと軽口を叩いていた。




 穏やかな昼下がり。




 太陽の光が、骨で作られたステンドグラスを透過し、柔らかな琥珀色の影を落としていた。




 こんな日々が、永遠に続くと思っていた。




 ――空が、金色に焼かれるまでは。




 突如として、太陽が巨大な影に遮られた。




 見上げれば、雲を割って現れた巨大な『空飛ぶ軍船』が、俺たちの村の上空を覆い尽くしていた。船底には王国の紋章が輝き、圧倒的な質量が空気を震わせている。




「な、なんだあれは……空から……?」




 呆然とする俺たちを嘲笑うように、その船は減速することなく、ゆっくりと高度を下げ始めた。




 バキバキバキッ!!




 耳障りな破壊音が響く。




 着陸の場所など探そうともしない。船体は、俺たちが大切に手入れしてきた骨の家々を、屋根から無慈悲に押し潰しながら、村の中央へ強引に降り立った。




 舞い上がる土煙の中、砕け散った祖先たちの骨が雨のように降ってくる。




 船のハッチが開き、現れたのは、煌びやかな鎧を纏った人間たち。




 手には聖剣を、杖を、槍を。その身体からは、俺たちには到底持ち得ない、圧倒的な魔力が溢れ出している。




 勇者、聖女、賢者、戦士、騎士団長、魔法使い……。




 なぜ、彼らがここに?




 混乱する俺たちを制圧するように、先頭に立った金髪の青年――勇者が、よく通る声で宣言した。




「喜べ、辺境の亜人ども。我々はつい先ほど、諸悪の根源である魔王を討ち取った」




 ――え?




 思考が凍りつく。魔王様が、死んだ?




「……うぷっ。しかしなんだこの臭いは」




 勇者が、鼻をつまんで顔をしかめた。




「せっかく魔王を殺して世界を救ったってのに、凱旋の道中でこんな汚物を踏むとはな。……おい賢者、残党狩りは騎士団に任せるんじゃなかったのか?」




「可哀想に……。主を失った哀れな子羊たち。わたくしが浄化して差し上げましょう」




 聖女と呼ばれた女が、悲しげに瞳を潤ませる。




 嘘だ。あの優しい魔王様が負けるはずなんて……。




 父さんが、村長として前に出ようとした。




「お待ちください! 我々は争いを好まない! これは我々の文化で……」




 ザンッ。




 弁明は、一閃の光にかき消された。




 父の首が、呆気なく宙を舞う。




 噴き出した血が、磨き上げたばかりの『祖父の柱』を赤く汚した。




「パパ……?」




 アリスが呆然と呟く。




「汚らわしい人の贋作の分際で、人語を解するな」




 勇者は血のついた剣を、ハンカチで無造作に拭った。




「総員、殲滅せよ。建材にされた哀れな死体ごと、この村を焼き払え。それが凱旋の仕上げだ」




 そこからは、地獄だった。




 村の仲間たちは次々と斬り殺され、あるいは魔法使いの炎で焼かれ、黒炭へと変わっていく。




 俺は母とアリスを庇って伏せたが、騎士団長の号令と共に現れた兵士たちに引きずり出された。




 騎士が剣を振り上げる。だが、それを制止する冷たい声があった。




「待て。殺すな」




 眼鏡をかけた男――賢者だ。彼は俺たち三人を、まるで実験動物を見るような無機質な瞳で見下ろした。




「骸工族か。こいつらの生体構造には興味がある。それに、王都への凱旋パレードには、殺して朽ちた死体よりも、生きて苦しむ見世物が必要だろう?」




「……フン、相変わらず悪趣味な男だ」




 戦士が鼻を鳴らす。




 俺たちは賢者の提案により、殺されることすら許されず、鎖に繋がれた。




 ***




 数日後。王都の大広場は、狂気的な熱狂に包まれていた。




 俺たちはボロボロの身体で、処刑台の上に引きずり出された。




 視界の先、王城のバルコニーには国王が立ち、その横には英雄たちが並んでいる。




「見よ、国民たちよ! これぞ人類の脅威、魔王の眷属の生き残りだ! 我らが英雄の凱旋に花を添える、最後の獲物である!」




 国王が高らかに宣言すると、広場を埋め尽くす数万の民衆が、一斉に歓声を上げた。




「殺せ! 殺せ!」


「人間の敵だ!」




 誰かが石を投げた。


 ゴッ。母さんの額が割れ、血が噴き出す。




「きゃあ!」




 アリスが悲鳴を上げる。




 それを見た民衆は、嗜虐的な笑みを浮かべた。兵士だけではない。エプロン姿の主婦も、商店の親父も、無邪気な子供さえもが、俺たちに石を、腐った野菜を、空き瓶を投げつけてくる。




「死ねバケモノ!」




「僕たちの平和を邪魔するな!」




「気持ち悪いんだよ!」




 俺は必死に二人を覆い隠しながら、その光景を目に焼き付けた。


 あの、二階の窓から植木鉢を落として笑っている太った女。


 最前列で、尖った石をアリスの目に投げつけた少年。


 それを止めもせず、拍手している衛兵。


 




  ()()()()()()()()()()()()()()





 お前たちの顔も、声も、その醜い魂の形も。


 いつか必ず、その肉を剥いで俺の家の床板にしてやる。




 聖女が、拡声の魔法を通じて優しく語りかける。




「可哀想な迷える魂たち……。せめて痛み苦しむその姿で、皆様の鬱憤を晴らして差し上げなさい。それが貴方たちの唯一の贖罪です」




 ああ、そうか。


 こいつらは全員、狂っている。


 英雄も、王も、そして、ヘラヘラと笑いながら石を投げるこの市井の人間どもも。


 生かしておいてはいけない。




 一人残らず、俺たちの「礎」にしなければならない。




「処理は済んだか? 広場が汚れる。さっさと捨てろ」




 賢者が退屈そうに欠伸をしながら指示を出した。




 俺たちはゴミのように荷車に積まれ、王都の地下下水道へ続く、巨大な廃棄孔――通称『奈落の古井戸』へと運ばれた。




 母さんはもう動かない。アリスの手足は、石打ちで無惨な方向に曲がっている。


 俺の意識も、限界だった。




「さよなら、汚物たち」




 騎士たちが、荷車を傾ける。




 お前の顔も覚えたぞ




 そして落下。


 無限に続くような闇の底へ。


 グチャリ。


 湿った音がして、俺たちは冷たい汚泥の中に沈んだ。




 そこは、王都の排泄物と、殺された罪人たちの死体が溜まる地獄の底。




 悔しい。憎い。殺したい。




 俺の血と、母の血と、アリスの血が、泥の中で混ざり合う。




 その時。泥の中に埋もれていた古代の遺物――「ダンジョンコア」が、赤黒い光を放った。




『――適合者を承認。個体名:オーズ・ソフィア・アリス』


『思考形態:人類への殺意、および絶対的な守護欲求と家族愛』


『職業クラスを再設定……【建築士】を破棄。』




『新職業【城塞喰主:ダンジョン・ロード】へ覚醒します』




 無機質なアナウンスと共に、俺の意識が泥の中で溶けていく。




 千切れたはずの腕の感覚が、母さんの体温と繋がり、砕かれたアリスの足が、俺の背骨と融合する。




 境界線が消え、絶対的な安心感が訪れる。




 脳内に、愛しい声が響いた。




『お兄ちゃん……もう、痛くないんだね』




 アリスの声だ。恐怖に震えていた声じゃない。日曜日の朝のような、安らかな響き。




『うん…それにみんなずっと一緒だから…』




 母さんの慈愛に満ちた意識が、俺たちを包み込む。




「そうだね…」




 俺は、泥の口で自分の内側に向けて答えた。


 もう寒くない。寂しくない。


 俺たちは「家族」という一つの生命体になったのだから。


 だからこそ――復讐を誓う。


 この温もりを壊そうとした連中を。


 無邪気に石を投げた民衆。俺達を捨てた騎士。高みで見下ろした王。実験動物扱いした賢者。嘲笑った英雄たち。


 あいつらはもう、人間じゃない。


 俺たちの新しい家を建てるための、ただの「資源」だ。


 暗闇の中で、巨大な風穴がギョロリと開く。


 遥か頭上、井戸の入り口から漏れる光を感じる、ひどく忌々しい、しかし、人間のうまそうな香りがした。




 さあ、仕事の時間だ。


 まずはこの井戸を喰らい、土台を固めよう。


 そしていつか空を覆い尽くす、最高に幸せなマイホームを建てるんだ。







【現在のステータス】


個体名:城塞領主「ダンジョン・ロード」


構成素材:オーズ、ソフィア、アリス


現在の形態:汚泥と骨の塊


保有スキル:


・????


・????


・????



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