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第三章 絶対ぶっ飛ばしてやるからな 4

 灘市市街地、とあるアパートの一室。


 圭吾と同棲している四季は、ぼんやりと意識を取り戻した。


「……圭吾くん?」


 出した声は掠れていた。しばらくろくに喋っていなかったからか、喉が渇いて仕方がない。


 圭吾の姿を探すが、リビングにはない。ダイニングテーブルの上に『買い物に出てくる』と書置きがあったので、外出中なのだろう。


 数日か、数週間か。夢心地な気分で、常に意識が朦朧としていた。


 起きようとしても瞼が落ちてしまって、意識を保っていられない。気を抜けば一生〝自分〟が戻ってこない気がして。


 だから、身の回りで何が起こっていたのか知ってはいるけれど、詳細までは分からない。


 しかし、ここ最近で一番意識は明瞭だ。夢の中から出られないような、そんな感覚はない。


「治った……のかな」


 圭吾と共に警察に行き、そこで出会った派手な警察官に連れられて、探偵事務所に行って。それから数日が立っているだろうか。状況が良くなったなら、彼らがどうにか原因を取り除いてくれたのだろう。


「いろいろと迷惑かけちゃったな……」


 意識が戻って真っ先に考えたのは、同居人であり婚約者である圭吾の事だ。


 彼はネットで活躍するストリーマーであり、配信時のお布施が副収入ともなっていた。懐も心配だし、なにより。自分がこうなってから、圭吾は配信や動画投稿を止めていたはず。編集や録画する時間を、四季の介抱に充てていたためだ。


 婚約するにあたり、互いの趣味嗜好に関しては不干渉を決めている。当然、家事など宛がわれた仕事をしていればの話ではあるが、他人の時間を奪ってしまったことに変わりはない。


 四季はソファーから立ち上がり、台所に向かった。コップを取り出して蛇口を捻り、水を飲む。片手間に冷蔵庫や棚の中身を確認する。


 中身はすっからかんだ。生鮮食品はおろかレトルト食品など備蓄品もない。ローリングストックしていたものも食べてしまったようだ。


 極力、動けない四季を独りにしたくなかったのだろう。結果、ぎりぎりまで食品の買い出しを渋り、仕方なく出かけたのか。不在の間に意識が戻って来るとは、彼も不運だな、なんて思う。


 四季は婚約者の顔を思い浮かべた。慌てて、しかし嬉しそうに駆け寄ってくる姿が想像できる。


 このまま体の調子が元通りなら、調理くらいはできるだろう。圭吾が買ってきてくれた食材にもよるが、今日は手料理を作ってやりたい気分だ。それも彼の好物を。


 思わず口元が緩む。飲み終えたコップを台所に置くと、来客を告げるチャイムが鳴った。


「はい」


 呼び鈴インターフェースを覗くと、両手に買い物袋を下げた圭吾の姿があった。


「ごめん、両手が塞がっててさ。玄関開けてくれないかな?」


 くしゃりと笑った圭吾を見て、四季もまた釣られて笑った。


「いくらなんでも買い過ぎだってば。また二人で買いに行けばいいんだし」

「いやぁ、買える時に買っとかないと! って思ってたらこうなっちゃった」

「待ってて、今開けるから」


 インターホンの画面を閉じて、四季は玄関の鍵を開けた。内側のドアロックも解除して扉を開けると、重たそうに両肩を落とした圭吾が入ってくる。


「ただいまー。あれ、調子よくなったのか?」

「うん。ついさっき。今日は意識ぱっちりしてるし、大丈夫そう。治ったのかな?」

「ならよかった。じゃあ後は、弁護士と裁判所でのやりとりかな」


 二人で食品の整理をしながら、大量の食糧を冷蔵庫の中に詰めていく。


「あ、電話。ごめん、出てくるね」


 スマートフォンが通知音を鳴らした。



〝横山圭吾〟



 ディスプレイに映った、着信先の名前だった。


 四季は一度、首を傾げた。圭吾は今しがた帰ってきてここにいるし、もしかしてスマホを落としたのか?


「ねぇ、スマホ持ってる? 落としたとかない?」


 スマートフォンを手に取りながら、声だけで問うた。


 着信音は続いたままだ。

 もしかして、落とし主からの電話だろうか。落とした主が自分の電話番号にかけるのはよくある話だが、逆の事例はあまり聞かない。


 それに、たくさん入っている電話帳の中から、ピンポイントで四季を引き当てるだろうか。


「圭吾?」


 振り向く。圭吾は台所で作業の手を止めたままこちらを見ている。スマホはもっていない。


「どうした?」


 ならば今、四季のスマートフォンに電話をかけているのは。


 どこの誰だ?


 四季は恐る恐る通話の受領ボタンを押し、耳元に当てた。


「もし──」

『四季! 今どこにいる⁉』


 もしもし、と挨拶する前に切羽詰まった圭吾の声が大音量で届いて、思わずスマートフォンを耳から離した。


 聞き間違えるはずがない。間違いなく圭吾だ。だが彼はここにいるではないか。


『いや、起きてるのか──ってのはどうでもいい! 今池添さんを呼んでるから、家にいるなら隠れろ! トイレに逃げて鍵かけろ!』

「えっ、いやちょっと待って、本当に圭吾?」


 池添さん、は探偵事務所の所長だった気がする。そう、飄々と名乗った姿をぼんやりとだが覚えている。


 彼を呼んだ?

 家に?


『絶対誰が来ても玄関開けるな、外に出るな! 俺が来てもだ!』


 どうして圭吾が慌てているのか、指示の内容も突然すぎて、困惑ですぐには動けない。


 俺が来ても、って。


 だってさっき、圭吾くん帰ってきたばかりで。


 そうして、一つの間違いに気づく。


「まって、今どこにいるの?」


 同棲しているとはいえ、二人で住んでいるのだから鍵は両方持っている。


 出かける際、動けない四季を案じて鍵をかけたとしたら。


 外から鍵を開けさせようとするはずがない。


 だって、圭吾は四季が内側から鍵を開けられる状態にない事を知っているからだ。


 合鍵もあるのだから、例え荷物で両手が塞がっていたって、合鍵で開けるはず。


『外だよ! まだ買い物から帰ってない! おいまさか──』


 じゃあ、自分が部屋に入れた圭吾は。


 一体、誰だ。


「なんだ、起きるの早かったんだなぁ」


 振り向けもせず、リビングのローテーブルに叩きつけられる。後ろから頭をわし掴みにされて、圭吾の様子を確認することは叶わなかった。


「悪いなぁ、邪魔だから死んでほしいんだってよ」


 声に、女の声がダブっている。


 圭吾じゃ、ない。


 思考はそれしか追いつかなかった。


「──よかった。間に合いましたな」


 爆音と共に、頭にかかっていた力が失せる。間髪入れずに物が倒れ、衝撃音が複数回。


 四季が頭を抑えながらやっとのことで振り向くと、居たはずのない第三者が立っていた。


 くたびれたジャケットに、若白髪。右腕を覆うガントレットからは紫電が走っている。


 ぼんやりと記憶にある、池添隼人その人だった。


『四季⁉ 四季、大丈夫か!』

「あぁ、横山さん、ご安心を。危ない所でしたが、間に合いました」


 飛んでいったスマートフォンから、圭吾の悲鳴が聞こえる。隼人はゆったりとした動きでスマートフォンを手に取ると、落ち着かせるように語りながら四季に手渡した。


「貴方も危険ですから、私からもう一度連絡するまで家には戻らないでください──事が起こってしまった以上は、今日片付けてしまいましょう」

『わかっ……分かりました。けど、その……俺のコピーを操ってる女の方はどうするんですか⁉』


 会話が続いていたので、受け取ったスマートフォンを隼人へ近づける。


 部屋の中を見渡すと、ダイニングテーブルは真っ二つに折れ、その中心に圭吾がいた。


 手には包丁を握っている。あのまま隼人の乱入がなければ、後ろから体を刺されて死んでいたらしい。


「問題ありません。そちらは翔矢君が行っていますからな」

「翔矢ァ……? あのオリジナルに殺気向けてたあいつぅ……?」

「そう。君も今すぐにその体を放棄しなさい。幻光蟲といえど、君はヒトの感情を食い過ぎた。死ぬのは恐ろしいだろう?」


 ──今契約を破棄して裏世界に戻れば、命くらいは助けてあげられるが。


 どうする、と隼人が問うて、しかし圭吾ではない人間は、殺気を解かないままゆらりと立ち上がり、ダイニングテーブルの残骸を蹴り飛ばす。


「失敗した……失敗した失敗した失敗したァッ! 片方殺せばよかったんだからァ、本体の愛する人を先に殺せばよかったァ──あァでも、今殺しちゃえばいっかァ?」


 声がどんどん圭吾のものから見知らぬ女のものに変わっていく。バラバラと皮膚がセメントのように剥がれ落ちて、怒気と共に蒸気を上げている。


 加熱する怒りが、剥がれた欠片に熱を足す。


 消火しないと火事になる。消火器は何処にあったっけと探そうとした四季だが、隼人に制止されてソファーの上に座らされた。


 体が震えている。圭吾の偽物に殺されかけていて、見知った人間の形をしたものが豹変していく得体の知れなさ。固まっていた思考が戻って来るにつれて、悪寒が体を揺さぶっている。


「ご安心を。あれは火ではなく蒸気です。水ですよ──悲しみを軸に、怒りを混ぜるとああなるのです」


 ──悲しかったのでしょうな。


 隼人は言った。四季にはどうみても、圭吾の皮を脱ぎ捨てて現れた女が、怒っているようにしか見えない。


 怒っているどころか、錯乱して、狂っているようにしか。


「さて、四季殿、耳を塞いでいただけますかな? 大変そうならば、これを」


 言って、隼人はウレタン製の耳栓を取り出した。震える両手を差し出すと、ぽとんと耳栓が二つ落とされる。


「私の雷は音が貫通してしまうので……鼓膜が破れると大変ですからな。つけたのを確認したら、処分に入ります」

「さっきからァ──あたし抜きで話してんじゃあねぇよォっ!」


 女が隼人に飛び掛かる。隼人は四季に向き合っていて、不用心に背中を晒したままだ。


 危ない、と口を開いて、声が出る前に隼人のガントレットに覆われた右手が女の顔を掴んでいた。


「そうか。では向こうで()()しよう」


 低く、冷たく、感情が抜けたような無機質な声に、四季の身体は身を護るように縮こまった。


「安心したまえ。君の身体が有効活用されることはない。臓器のスペアとしても使えないよ」


 隼人は女の身体を片手で持ち上げ、リビングにあった姿見に押し付けた。


 普段布をかけ、使う時以外はしまっている姿見が鏡面を露わにしている。そこに女の身体が押し付けられると、鏡が湖面の様に揺らめいて、ズブズブと女が沈んでいく。


「では、四季さん。数分後に戻って参りますので、どうか警察には連絡せずそのままお待ちください」


 言葉こそ柔らかいものだが、有無を言わせない非情さがあった。


 隼人もそのまま鏡の向こうに消えて行って、残されたのは破壊されたリビングの残骸と四季一人。事態が呑み込めなくて呆然としていると、耳元で爆音が轟き、慌てて耳栓をした。


 外を見る。曇ってはいるが、晴れ間は覗いていて雨は降っていない。


 しかし、この場だけ。巨大な積乱雲の直下にいるような、落雷の音がひっきりなしに轟いていた。


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