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第二章 絶対ぶっ飛ばしてやるからな 2

 奈緒が入ったのは、灘市中央にある小洒落たカフェだった。幾ばくか軽い買い物を終えた二人は、休憩にそこを選んだのだろう。


 リルを呼び出すには好都合だ。合流した隼人は車の中に残して、翔矢はリルと共に店舗に入った。

「いらっしゃいませー」

「二人で」

「お好きな席にどうぞ」


 店員に促され、翔矢は店内を見回した。


 元は長屋だったのか、縦長の構造だ。奈緒と横山の複製体はカウンターに座っている。


「どこがいい?」


 リルに問う。ここから先、働くのは主に彼女だ。選ぶのは任せた方がいい。


「では、あそこの席で」


 リルが指さしたのは、店舗入り口付近のテーブル席。壁を挟んで向こうは歩道だ。


 翔矢は促されるまま席について、店員がお冷を置いていったのを見越して篭鐘を小突き、再びリルに聞いた。


「鏡とかないけど、大丈夫か?」

「問題ありません。コレで事足ります」


 リルが指さしたのは窓ガラスだった。確かに風景を反射もするが、鏡に比べて映るのは半透明で不鮮明な風景だ。ガラスが幻光蟲の媒体になるとは聞いたことがないだ。


「よく映っていますよ。同じ人間が、二人」


 リルは窓ガラスを横目で見てすぐに言った。


 鏡は嘘偽りなく現実を反転させて映し出す。今は窓ガラスがその機能を持っているのなら。


 翔矢は懐から朱色のサングラスをかけて窓ガラスに反射したものを見た。


「……マジかよ」

「己の幻光蟲に、横山様の姿をさせていますね」

「単なる独り芝居じゃねぇか」


 ガラスに映ったのは、同じ身なりをした女が二人。片方は身振り手振りが激しく楽しそうだが、もう一人は座ったまま微動だにしない。


 サングラスを外し、改めて店内を見回すと、先ほどと同じ場所には男女が座っていた。


 横山に見える男も、奈緒と談笑している風に見えるが──あくまで、そう振る舞っているだけだろう。


「しかし、妙ですね。他人を複製するのは至難の業です。まず情報が足りません」

「情報が足りない?」


 オウム返しした翔矢に、リルは鏡に視線をやったまま言った。


「肉体を生成するのは最後です。まずは感情を摂取し完璧に己のものとしてから、記憶を複製して互換性をとります。肉体を複製するのはその後です」

「つまり?」

「本来我々は、肉体を作らずともよいのです。ヒトの感情と、それを形作る記憶を読み取れればいいのですから」


 幻光蟲の性質として、感情という不可視のエネルギー体から物質を作り出せたとしても、それはただの能力。本質は感情と記憶をコピーすることであり、肉体の複製はオプションに過ぎないと。


 つまりは、そういうことか?


「それにしては、幻光蟲に自分の居場所を奪われたって話はよく聞くけどな」

「我々は、元々は虚です。ですが摂取した人間の感情に、影響されることは多くあります」

「だから、感情や記憶を読み取った人間だと、思い込むってワケか。俺じゃない俺がいるって、向こうが思うワケだな」

「そういうことです」


 特殊眼鏡で看破できるということは、己を複製した幻光蟲に横山の幻影を被せているか、或いは二重に複製させているか。


 そんな複雑な事をしてまで、横山と共に居たいのだろうか。


「まぁ、不正利用なことは確実か。篭鐘無しによくやる──ん? あれが奴の幻光蟲なら、四季さんを攻撃してたのは」

「よく似た気配をしています。間違いないでしょう」

「馬鹿かよ。んなことあり得んのか? 意識が持たねぇだろうよ」


 使役された幻光蟲と人間の関係は、持ちつ持たれつの契約だ。


 なので、人間の都合で動いてもらう場合、自分の感情を一部食ってもらうことになる。いわば報酬を与えて力を借りる関係性なのだが。


 より強く、長く働いてもらおうとすればするだけ、翔矢たちが食わせる感情も多くなっていく。下手をすると、婚約者の様に心神喪失状態に片足を突っこみかねない。


「……いえ、可能だと思います。己の使役した幻光蟲に、更に契約させれば」

「んなことできんのかよ……知らねぇことが多いな」


 人間では知り得ないことを、ここ数日で大量に叩き込まれている。


 ため息を吐きながら、翔矢はメニュー表を取り出した。せっかくカフェに来たのだし、何か食べなければ怪しまれるだろう。カウンターでは、奈緒たちがいちゃついているままだし。しばらく観察して、リルが気づいたことがあれば逐一話してもらうのがいいだろう。


「なんか食うか?」


 朝に軽く食べてから何も腹に入れないまま、時刻は午後一時を過ぎている。腹が減ってきた。メニュー表を捲っているだけでよだれが出てきそうだ。


 軽食が豊富な店なのか、カレーやハヤシライス、サンドイッチにナポリタンまである。もちろんスイーツも豊富で、コーヒーも産地やブレンド別で数種類あった。


 店内からは、どこか香ばしい匂いが漂ってきていた。


「いえ、私達にヒトの食事は不要です。表世界は、様々なヒトの感情に溢れていますので、活動エネルギーは足りています」

「そうはいってもな。喫茶店入ったっきり飲みもんも頼まないんじゃ怪しまれる」


 一応、体は人間のソレだ。消化器官は備わっているし、飲み食いも同じようにできるはず。


 概念エネルギー生命体である幻光蟲は、同様にエネルギーである感情を主食とするが──複製した体の方はどうなのだろう。あまり考えたことがなかった。


「……物、食えるよな?」

「食べられはします。必須ではありませんが」

「つまり娯楽みたいなもんか?」

「娯楽……そう、なるかも、しれません」


 リルはもごもごと言葉を濁した。


「しばらく食ってないなら、胃がびっくりするか? 消化にいいもんの方がいいかな……」

「翔ちゃん、私達には、必要ありません」

「子供にお預けさせて食う大人がどこにいるよ」


 姉の形をしているが、リルと名付けた少女はまだ子供。歳の離れた兄妹にみえるので、外では兄貴面をしていたほうがそれっぽく見えるし怪しまれない。


 のも、あるが。


『姉の瑠璃が堪能できなかったご馳走を、代わりに食わせてやるのもいいだろう』


 なんて、思ってしまったのだ。


「翔ちゃん、私達は」

「今はガキのフリしてろ」


 初めて見た時は、姉の形をした偽物だと思った。


 リルという名前を与えて、姉ではないと認識した。


 でも、こうして、側に置いて過ごしてみて。


 やはり、声も形も同じなら、実姉の様に思えてしまうのだ。



 頭では分かっている。彼女は、リルは姉ではない。


 でも、心がそれを認めていない。


 だから、受け入れられない。


 姉ではないことを。


 姉であることを。


 死んだ姉が、今目の前にいることを。


「……なぁ」


 翔矢は目を泳がせながら、リルに問いかけた。


「姉ちゃんの記憶、食ったって言ってたよな」

「はい。不完全ですが。時間がなかったので、己のものとはできていません」

「そっちの方がいい。それで……」


 ──姉ちゃん、どうして死のうと思ったんだ?


「いや、いい。なんでもない」


 どうして姉が自死なんて選んだのか、誰にも分らなかった。


 一説には、クラス内でのいじめが要因だと言われている。


 ただ、瑠璃の死後行われた学校の調査では、それらしい情報は出て来なかった。


 当然だ。


 いじめに関する匿名調査であって、死亡した特定児童に対する取り調べではない。


 いじめがあったかなかったか。それは今後同じ被害が出ないよう、学校全体の状況を把握するためのものだ。


 瑠璃が死んだことを教訓に、今後は無くしていきましょうね、というきれいごとに過ぎない。


 誰も彼もが瑠璃を助けなかった。


 手を差し伸べられなかった。


 見て見ぬふりをした。


 気づかなかった。


 どうせ、次の犠牲者が出る癖に。


 この後に繋げましょうねなんて、建前な癖に。


 誰も助ける気なんて、ない癖に。


 姉に手を差し伸べなかった世界に絶望した。



 ──どうして姉ちゃんが死ななきゃならなかった。


 ──どうして姉ちゃんを助けてくれなかった。



 姉を救ってくれなかった奴なんて、殺した奴なんて、全員死ねばいいと思った。


 必要ない。


 誰かの大事なヒトを、大切にできないヒトなんて。


 それは、幼いながら世に抱いた憤りだった。


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