第二章 絶対ぶっ飛ばしてやるからな 1
数日後、環奈からの情報提供を受け、隼人と翔矢、リルは探偵業務に勤しんでいた。
「……翔矢君、頼むから殺気立たないでくれたまえ」
「無茶言わないでくださいよ。姉ちゃん殺したいじめグループの主犯っすよ」
「申し訳ありません、私達が複製できた記憶に、彼女の姿はなく……」
「殺してやる……のうのうと生きやがって人様に迷惑かけやがってクソボケが……罪は償ってもらうからなゴミカス野郎……」
圭吾と勝手に籍を入れた女の名を、日高奈緒と言った。
『データベースでも調べたが、過去何年かストーカー容疑で事情聴取されてる。何人かの男性に対しては接触禁止命令が出ててな。ろくでもねぇ女だぞこいつは』
どうやら警察にもマークされていた女のようだ。容疑はストーカー。一方的なつきまといをしていたようだった。
そして、名前を知って気がついたが、瑠璃の同級生でもあった。
姉はクラスぐるみのいじめに合っていたらしい。だから、同級生は皆同罪だ。
一年か、二年か、三年か。そんなことは関係ない。学友であった人間は、一人残らず抹殺してやる。
そう決めた。
だって姉は、瑠璃は死んでからも誰にも助けてもらえなかったから。助けられなかったから。
「リアルの男性に飽き足らず、今度はネットストーカーを始めたということか……? 住所が割れてしまえば、横山氏の外見を己の幻光蟲に複製させることも可能だろうがね」
「ライさんはイベントで顔出しもしてる配信者っすから。自宅まで行かなくたって、ネットの情報だけで足りると思うっすよ」
翔矢たちが調査している間、ローレライこと圭吾には活動を自粛してもらっている。
最近の炎上騒ぎに対して法的処置を考えているので、準備や手続きのためにしばらく潜る、という発表だ。裏に引っ込みネットから離れるという報告に、一部の過激派がまた返信を重ねている。
「しかしこいつらうぜぇな……何様なんだよマジで」
「なんと書いてあるのですか?」
「不倫してるのが本当なら関係各所に謝れだってよ。テメェらには関係ねぇだろって話だ。大体関係各所ってどこの誰だよ、本当だったら謝る対称は四季さん以外にねぇだろうが」
書き出すのも憚られるほど罵詈雑言の嵐だ。スマートフォンを覗き込もうとしたリルを制止して、ディスプレイの画面を切った。
「どうして他人が横山様に意見するのですか?」
「知らねぇよ、正義面してぇんだろ。承認欲求ってやつだよ、自分が正しくねぇと生きていけねぇ可哀想なクソ共なだけだよ」
「ヒトが感情エネルギーで死ぬことはないと思いますが」
「比喩だよ比喩」
「例え、ですか。なるほど」
出会った頃に比べて、リルとのやり取りは増えていた。
姉と瓜二つだったから戸惑っていたが、リルという名前をつけてからは、姉ではなく少女のリルとして認識できるようになっている。
何度言っても翔ちゃん呼びを止めないし、ことあるごとに姉であることを強調してくるが、いつもの事かと気に留めずスルー出来るようになった。
リルは瑠璃でなくリルである。そう思えるようになったのが大きい。
「たまにそうした感情をお持ちの方は見かけます。そうした方は、同胞に見向きされないので、表世界でそのまま放置されるのです」
「それでクソが減らねぇでまともな人間ばっかりが割り食うのかよ」
「あまり……美味しくありませんので……」
「美味しくないって」
「味がしません」
「あんなに強そうなのに無味なのか……」
「我々が欲しいのは感情で、エネルギーが欲しいわけではありませんので」
そして、リルが持つ幻光蟲側の知識はとても学びになった。
意外なことだが、幻光蟲には人間への害意、敵意共にないらしい。
人間の感情を食い、模倣するのは、幻光蟲の性質だそうだ。持って産まれた性、というわけである。
「なんだったかな? 幻光蟲は己の存在を高次へと高めるため、人間の感情を必要としているのだったか」
「はい。我々は全の一、一の全です。最終的に我々が消滅した時、保持していた感情や記憶は他個体へと共有されます」
「共有してどうすんだ?」
「……さぁ?」
ぽて、とリルは首を傾げた。己が死んだ後のことまでは分からないらしい。
まぁ、それは人間も似たような話だ。死後の魂、思想がどこに消え、どうなるのか、知り得るものはこの世にない。
翔矢は霊やスピリチュアルな事象には興味がなかった。幻光蟲という裏世界の存在をバイトで扱っていながら、宇宙がどうの神様がどうの、スケールの大きい話は斬り捨ててきた。
そんなもの、人間を助けてなんてくれない。
カミサマとやらは、本当に助けてほしい人だけ見棄てて、どうでもいい人間にばかりいいツラをする。
祈っても、願っても。そんなもの、届きはしなかった。
幻光蟲を信じるのは、自分が実際に扱っているのと、人間に害のある存在だからだ。
「一個体に、集合知のことまでは知り得ないか」
「どーでもいいっすよんなこと。で? クソが出てきたら俺が尾行して、どっかに腰落ち着けたらこいつと一緒に様子みるんですっけ?」
翔矢は隣のリルを指さした。彼女は環奈からもらったウールコートを大事そうに着ている。
どうやらお気に召したようで、室内でも脱ごうとしなかった。
説得するのが大変だった。頑固なところは姉によく似ている。
「翔ちゃんと離れることを、了承した覚えはありませんが」
「観念しろ、お前目立つんだよそのコート。そんだけダボダボじゃおしゃれとも見てもらえねぇ。でも──」
「これは幸様が私達にくださったものです」
「脱ぐ気ないんだろ? ったく」
「リル君をあまり人目につかせたくないからね。現地で合流しよう──話している間に、出てきたぞ」
駐車場に停めた車の中から、高層マンションの出入口を覗く。容疑者と思われる奈緒が、一人の男を伴って出てきた。
「……ライさんに似てんな、背格好」
「複製体かな。リル君、幻光蟲は側にいるかい?」
「──周りに振りまいていないことだけは、確認できます。あの方が同胞の作った複製かどうかは、もう少し観察してみないことには」
翔矢は双眼鏡を覗き込んだ。二つのレンズが重なった向こうに、玄関先でいちゃつく二人が見えている。
手を繋いで、距離は近く、雑談しながら小突きあう。一見すれば、仲のいいバカップルといったところだが、片方が魂のない模造品なことを考えると、うすら寒くなってくる。
「横山さん、池添です。今しがた、容疑者の隣に貴方によく似た人間がいるのを確認しました。今は何を──四季さんと家にいる、ですか。そうでしょうな」
隼人が当人の所在を確認し、翔矢たちが見ている人間が圭吾でないことの確認がとれた。
「うし、行ってくるっすわ」
「適時連絡を取り合おう。よろしく頼んだよ、翔矢君」
「リル―、隼人さんに迷惑かけんじゃねーぞ」
「私達がいない間、安全にはお気を付けください。私達が見ている事ができませんので」
「分かってるよ、ったく姉ちゃんかよ──」
リルに隼人の邪魔をしないよう言いつけて、相変わらず心配性な彼女に愚痴をこぼした翔矢は、己の口をハッと押えた。
──俺は今何を言った。
「はい。私達は貴方の姉です。姉としての責務は果たします」
──止めろ、喋るな。
「……うるせえ、もう喋んな」
──これ以上、瑠璃姉ちゃんを騙るな。
「反抗期ですね。そういえば、翔ちゃんの反抗期には立ち会えませんでした」
当の昔に死んだ姉が、どんな人間だったか、忘れてしまうだろう。
ブレて、重なって、滲んで、染みる。
瑠璃とその複製品、片方だけしかいないから。
姉ちゃんは──瑠璃姉ちゃんは、どんな、口調だったっけ?




