第四章 だって楽しいもんな、分からせるの 3
黒い塵を溢しながら、翔矢は現実に帰ってきた。
揺らめいた大型テレビのディスプレイから、部屋に不法侵入する。
切断はできたが、鮮血は飛び散っていない。歩行を止めた首無しの身体と、カーペットに転がった女の頭が、無様に転がっているだけだった。
「日高奈緒っつったか。お前、自分が何したか分かってんだろうな」
大鎌の柄をカーペットに突き立てる。重厚な鋼の音が、繊維をブチブチと切り裂いて穴を開けた。
「ただのストーカーだったら死なずに済んだのになぁ。幻光蟲に手ぇ出しちまったのが運の尽きだ」
「はっ……? え、なに」
「悪いな、心臓潰して殺してもよかったんだけど、聞かなきゃいけねぇことがあったからさ」
困惑している奈緒に構わず、翔矢は切断された頭をダイニングのローテーブルに置いた。
切断面は真っ平だ。倒れもせず、彫像のようにテーブルに鎮座した。
「さて、ああいや駄目だ、体だけどっかいかれても困るか」
腰を落ち着けて話そうと思って、奈緒の頭を向かい合うようにソファーに座ろうとした翔矢だったが、思い出したように立ち上がる。
奈緒の頭を回転させて、テレビに向ける。当然、電源の落ちた液晶には彼女の身体が映る。
見せつけるように、翔矢は大鎌で胴体を真っ二つにした。
続けて右肩を落とし、手首を斬り落とす。
左肩は縦に切って、腰から足を切り離す。
腕と同じように、片足は輪切りにして。
もう片足は縦に斬って。
──斬り方を変えると、こうなりまーす。
内心で、学校の先生のような気分で、奈緒の身体を加工する。
「よっと……軽いな。お前、そんなに飯食ってないだろ。脂肪がほとんどねぇぞ。皮と内臓と骨だけだな。おかげで斬り甲斐がなかった」
世間話でもするかのように言って、半分に切断された胴体を、頭の横に置いた。
「──ぇ、あ、あたしの、からだ……? 中身、でて」
「出ない出ない。概念的に斬ってるだけで、物理的には繋がってるから」
翔矢の鎌は、物質を斬り裂くものではない。
斬ったという概念を付与するものだ。
故に、基本的には何でも斬れる。建物も鉄も肉も、何もかもだ。
そして、斬った後に、切断面をそのままにするか元に戻すかも、翔矢の一存で決まる。
斬られたという概念が発生するから、体も同様に分かれる。ただ、物質的には繋がっているので、生命活動はつつがなく行われる。
生物の形を、書き換える行為だ。例えば、一度切り離した手足を別々のところに繋げて効力を切れば、そのままの形で生命活動を再開する。
翔矢が幻光蟲を扱い、篭鐘で己のイメージを行使している間、全てのものが、斬っても斬られたことにならない。
だから血も出ないし、臓器が半分になっても正常に稼働する。健を切っても繋がっているとして問題なく動く。
これが、結果として斬ったモノの鮮度を維持することに繋がり、幻光蟲を使った臓器移植に活用されているわけだが──
悪用すると、酷く残虐な事に使える。
翔矢はこのやり口が非道と呼ばれるのを知っていた。
だからリルには見せたくなかった。
しかし、止める選択肢はなかった。
殺していいという許可は貰った。
でも、殺し方までは聞いていない。
だから、姉がされたのと同じくらい、苦しめて苦しめて苦しめて。
思う存分弄んで、殺してやる。
「本題はさ、横山圭吾さんと勝手に婚約届けを出して、文書偽造をしたことなわけだ。それに関する申し開きは?」
言いながら、女の頭を囲うように斬った肉を置いていく。
そうして半円状の囲いを作ったところで、翔矢は先ほどまで奈緒が座っていたソファーにぼすんと腰を落ち着けた。
本革が生温い。気持ち悪いと腰を浮かせて位置をずらし、手元に大鎌を呼び出して肩に担いで見せた。
「赤の他人と勝手に籍入れて、恥ずかしくないのかよ? 迷惑極まりねぇし」
「──は、あんた、何……何してくれてんの⁉ あたしの、体、なに、バラバラにして」
「ちゃんと答えてくれたら元に戻すからさ。なんで勝手に婚約届け出したんだよ」
嘘である。
元に戻すつもりなどさらさらない。
「そんなことどうでもいいでしょ⁉ さっさと戻しなさいよ、あたしの身体! こんなことして、あんた、訴えてやる!」
「訴えられてんのはそっちなんだよボケが!」
翔矢は大鎌を振り下ろした。振るった切っ先は奈緒の顔面すれすれに振り抜かれ、ローテーブルを貫通してカーペットに突き刺さる。
「あんた今、自分の幻光蟲にライさんたち襲わせてるよな? 指示したのはお前だろ、どうなんだよ、あ?」
翔矢は言葉尻を強くして、振るわれた凶刃を見つめて硬直している奈緒に続けた。
「幻光蟲を使った他人への加害行為に、一方的な婚約届けの提出、ライさんに対する名誉棄損、くわえてこれまでストーカー行為を受けてた人たちが、連名で被害届を出した。もう年貢の納め時なんだよ」
「はっ……はは、ははははは! だからってなによ! あたしはなにもいけないことしてないでしょ⁉ 圭吾だってスパチャ投げるたびにありがとうって言ってくれたもの、いつもありがとうって! 他の奴らにも同じこと言ってたけど、あたしに対しては声が違ったもの!」
「んなわけねぇだろうが、社交辞令だよ社交辞令」
「違う! 圭吾はちゃんとあたしを見てくれたもの、あたしは圭吾が好き、大好きで、なら圭吾もあたしのこと好きで当然でしょ⁉ でなきゃあんなにやさしい声で『いつもスパチャくれるけど大丈夫?』なんて言ってくれないでしょ⁉ あたしを心配してくれてたの、それが愛情じゃなくてなんなのよ!」
ちょっと意味が分からないが、本気で言っていることは伝わってくる。
首から上だけの状態でキャンキャン喚いているのもなんだか滑稽だが。
「だから、社交辞令だよ。金ばっか一方的に送られて、後で訴えられたら面倒だろ。リスクヘッジだリスクヘッジ」
「なのにあたしじゃない他の女と付き合ってるとか、あり得ないでしょ⁉ あんなに色目使ってあたしに優しくしてきたのに、あれは嘘だったってこと⁉ でも違うのよ、あれは嘘じゃない、圭吾はクソ女に言いくるめられただけなの、騙されてるのよ! だからあたしが助けてあげないとあの人はこのまま落ちていくばっかりなの!」
「じゃあ殺してもいいのかよ。あれか? あんたと籍入れて、いままで一緒に過ごしてた〝圭吾〟さんは、本物が手に入るまでの繋ぎか? 先に結婚したんだって既成事実を作りたかっただけか?」
「はぁ⁉ 圭吾は本物よ、あっちの女とイチャイチャしてる方が偽物なの! 偽物がいるからあたしたちが安心して生活できないんでしょ、ついでに両方殺すのが何が悪いのよ!」
「彼氏に人殺し頼むやつがまともな訳ねぇだろ、あぁ⁉」
好き放題の言いぐさに、流石に我慢ならなくなってきた。
翔矢は怒鳴りつけてから、奈緒の髪を掴んで思いきり放り投げる。
飛ばした先は、テレビの向こう。開いていた次元の穴へ吸い込まれた時には後の祭りだ。
まだリルが待機しているはず。慌てて裏世界へ戻ると、転がった奈緒の頭を、リルがしゃがみ込んで観察していた。
「なるほど。これを見せたくなかったのですね」
リルは思いのほか冷静だった。
だが、ちょうどいい。もう一つ、肝心なことを聞かなければならなかった。
「おい、お前、コイツの顔に見覚えあるだろ」
もう一度、奈緒の頭を今度は青い地盤に据え置く。しゃがみ込むリルから少し距離を放して、目を反らしても視界に入る位置で。
「お前が中学生の時に集団無視で殺した御剣瑠璃だよ。覚えてねぇなんて言わせねぇぞ」
「は……? 誰よそいつ」
返ってきた言葉に、狼狽えるのは翔矢の番だった。
「とぼけんな! 俺は瑠璃の弟の御剣翔矢だ、覚えてんだろ、知ってんだろ! 死んだんだぞ、自分が殺した奴のことくらい覚えとけよ!」
「御剣……? あぁ、あんたの事は覚えてるわよ、金髪で紫の目して、珍しかったから目立ってたやつでしょ? 結構下にそういう奴がいたのは記憶にあるけど、あんた一人っ子じゃなかったっけ」
瑠璃と翔矢の兄妹は八歳も年が離れている。
年下で接点のなかった自分の事はぼんやりと記憶にあって、同級生だった姉は覚えていないだと?
「なんだよ、弟が復讐しに来て、怖くて嘘でもいって切り抜けようってのか⁉ んなことが通用するかよ、覚えてること全部言え! なんで姉ちゃんを無視した! いじめて殺した、自殺するまで追い込んどいて、なんでそんな知らんぷりできんだよ!」
「なによ、知らない、知らないわよ! そんなやついたら覚えてるに決まってるでしょ⁉ ほんとに覚えてないのよ!」
「こいつをちゃんと見ろ! こいつの! 顔に! 見覚えがねぇのかよ⁉」
「だから覚えなんてないって言ってるでしょ⁉ なによ、あんただってイマジナリーお姉ちゃんでも作ってないと生きてられなかったんじゃないの⁉ 人の事言えないじゃない!」
リルの顔を見せつけて、それでも首を是として振らず、己が行った無視の事も記憶にないと奈緒はのたまう。
嘘を言っている風には感じない。取り繕う様子も、なんとか乗り切ろうという気概も、篭鐘に宿した幻光蟲は感知しなかった。
「……翔ちゃん。嘘は言っていません。困惑だけを感じます」
──何がどうなっている。
嘘だと言ってくれと、そう願った翔矢の思いは、感情の起伏に敏感なリルによって否定された。
思い出す。
教育委員会も学校も生徒も、全てから瑠璃の記憶が欠けていた。そんなもの、初めからなかったかのように、抹消されていた。
でも、それはおかしい。
だって翔矢は、覚えているからだ。
翔矢のみならず、両親も。
「嘘言えよ! 覚えてんだろ、知ってんだろ、言えよ、言えよ言えよ! お前ら姉ちゃんを見捨てたんだろ、助けてくれなかったんだろ、救いもしてくれなかった癖に、居なかったことにして、存在すら消すのかよ⁉」
姉は見捨てられたのだ。
度重なる無視の末、自死を選び、自分で死に場を拵えて死んだのだ。
人間一人の、大切なヒトすら誰も守ってくれないのかと、だから世界を呪って。
その呪いが、幻光蟲という力に変わって。
ならば全員、同じ目に合わせてやると、本人は殺し、末代まで呪う事を決めたというのに。
──どうして、いなかったなんて言うんだ。
「だから、そんなやつ覚えてないって言ってるでしょ⁉」
「じゃあこいつはなんなんだよ⁉」
「だいたいっ、そいつみたいな派手な見た目、見たら覚えてるに決まってるじゃないッ!」
──いなかったというのなら、リルが生前の姉の姿で、居られるはずがないだろう。
「ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんな! ふざけんなよ、お前らが姉ちゃんを殺したんだろうがァっ!」
リルの大ぶりなウールコートの襟を引っ張って後ろに動かし、翔矢は大鎌を振り下ろした。
切っ先が、奈緒の頭蓋を断裂する。
「認めろよ、なんでだよ、お前らがやったんだ、お前らが俺から姉ちゃんを奪ったんだ、お前らが死ぬべきだったんだ、どいつもこいつも、姉ちゃんが死ななきゃいけなかったなら、お前らが代わりに死ねばよかったんだ!」
反転させた刃の付け根が、割れた頭を粉砕する。
「覚えてねぇなんて嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ、俺は覚えてる、俺が覚えてるんだ、忘れてるなんてあり得ねぇ、俺は知ってる、覚えてる、いたんだ、姉ちゃんは居た! いなかったなんてない!」
脳髄は漏れない。血液も、骨の欠片も飛び散らない。
「勉強も見てくれた! 一緒に遊んでくれた! 機嫌が悪い時もあった、喧嘩もしたけど、でも確かに、お前らに殺されるまで生きてたんだ!」
何度も何度も、軟骨ごとひき肉にするように。
もち米をついて、お餅にするみたいに。
翔矢は激情を込めて、奈緒の頭をすり潰して、ミンチにした。
「……うそ、言うなよ」
目玉は潰れた。形として残っているのは、折れた頭の骨と、散乱した歯くらいだ。
筋肉や健は、すっかり細かな肉片に成り果てている。
骨も脳髄も混ざってしまって、不味そうな肉だ。
「……こいつが、忘れてただけだ……次、次にいこう……」
めんどくさい。すり潰し過ぎて骨片混ざりのムースみたいになっているけれど、表に残してきた体は処分しなければならない。
「次、次……絶対に、姉ちゃんを、知ってるやつが……」
ブーツで踏みつぶしすらしない。ゆらりと立ち上がり、後片付けをするために表世界へ戻った翔矢を、後ろからリルがじっと見ていた。




