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「おりますか?」

作者: あまやどり
掲載日:2025/11/25

短編です(/・ω・)/

 気が付くと俺はバスの中にいた。


「あれ? なんでこんなところにいるんだっけか」


たしか顧客からクレームが来て、休日出勤させられたんだ。クタクタで会社を出たところまでは憶えている。が、その後の記憶がない。


朦朧(もうろう)としたまま、近くのバスに飛び乗ったか?」


 なんか夢遊病者みたいで怖いな。でも疲れてるのにバイクで帰るのも危ないか。


「あの、このバス、F山駅近くに行きますか?」


 他に乗客はおらず、貸し切り状態だ。バスの運転手に問いかけると、無言で頷く。なら問題ないな。バイクは後日回収すればいいや。


 しかし疲れた。結局ノルマに届かずに、また自爆営業する羽目になっちまった。どうにか入ることができた保険会社だが、畑違いで苦戦してばかりだ。


「自腹で保険に加入するのも、そろそろ限界だなあ」


 元はそれなりの企業に勤めていたのにな。先輩の誘いに乗って辞めたのが失敗だった。


 だが、家に帰るのも気が滅入る。妻が事あるごとに俺を責めるようになったからだ。原因は転職で下がってしまった俺の給料。ただでさえ基本給が下がってるのに、自爆で加入した保険料も毎月の負担になっている。浪費癖のある妻としては、今の余裕のない生活が耐えがたいらしい。


 スマホで時刻を確認する。待ち受け画面は大学時代の妻の画像。変えたいが、また難癖つけられたりしたら面倒だから変えてない。


 そういえばちょっと前に、同僚が妻の画像を見て驚いてたな。「美人ですねー」と馴れ初めをしつこく聞いてきた。稼いだ給料を片っ端からブランド服や豪華なランチに消費されたんじゃ、美人なんて要素は何の足しにもならないのにな。


 まあとにかく、心の休まらない日々だ。これじゃあ働き甲斐がない。


「俺の人生、どこで間違えたかな」


 後ろ向きなことを考えていると、


『次、停まります』


と音声が流れた。次のバス停で待ってる人がいるんだろう。バスが停車して、ドアが開く。人が入ってきた。貸し切りもここまでか。


「おい」


 入ってきた誰かは、俺の前に立ち止まって声を掛けてきた。聞き慣れた声に目をやると、知った顔だった。


 相手は前の会社の先輩だった。しかしどうしたことだ。活力と自信に満ち溢れていて、しかも若々しい。まるで3年前の、転職前の先輩みたいだ。


「今の生活で満足か? 俺とやり直そうぜ!」


 ぐいっと手を差し出してくる。俺は起業すると言うこの人の誘いに乗って前の会社を辞めたんだ。「今なら幹部待遇」だの「今より5割増しの給料を約束」だのに釣られ、清水の舞台から飛び降りる気分で転職を決意した。収入が増えると思ってた妻にも随分後押しされたっけ。

 そして、どっちの約束も守られなかった。先輩は兵隊として優秀でも、指揮官としては無能なタイプだったらしい。早々に会社をコカせて姿をくらまし、俺は無職で放り出された。給料も3か月分未払いのままだ。結局、生活に追われて待遇の悪い保険会社に潜り込むことになる。

 

「おりますか?」


 運転手が尋ねてきた。くぐもった声で、男か女か分からない声で。


――あの誘いを断っていたら、俺の人生はもっとマシになってたんじゃないか? 


 今まで何度も考えたことだ。ここでバスから降りて、誘いを断ったら、人生が変わる。やり直せる。そんな気がする。


「あ、ええと……」


 だが俺は即答できなかった。やり直せるならここからでいいのか? と思わず考えてしまったからだ。


「まだおりませんか?」


 すると、先輩は踵を返してバスから降りていった。程なくしてドアが閉まる。



 それから何度か、バスは停車した。そのたびに縁のある人間が乗り込んできて、「やりなおさないか?」と言ってくる。さっき現れたのは大学時代の恩師。文学部だった俺に、大学院に進まないかと言ってくれた人だ。


「力になってやるから」


 当時は断った。文学は好きだったが、それで身を立てていくことが現実的に思えなかったから。だがもし院に進んで、論文が認められてたら……と選ばなかった道を空想することは今でもある。

 結局、そこでも俺は降りなかった。恩師も先輩と同じように、俺に降りる意思がないと分かると1人で降車した。


 分かったのは、このバスが俺の人生の分岐点を遡っている、ということ。それも未練や後悔を残してる地点に、だ。そしてそのたびに運転手は「おりますか?」と聞いてくる。


「こうしてみると我ながら、後悔ばっかりの人生だなあ」


「でも、結局決断したのはあなたでしょう?」


 独白に運転手が返答して驚いた。正論を言いやがる。だがこの言い方どこかで……。いや、今重要なのは運転手じゃない。人生のやり直しの方だ。


 降りたらその地点から俺の人生がやり直せるのではないか。だが俺はここまで、降りるのを躊躇した。


 俺が人生でやり直したいほどに後悔してることは2つだ。1つ目の「転職」は既に通過した。2つめも時期的に、もうすぐ出くわすはず。


『次、停まります』


 「結婚」だ。


 入ってきたのは妻だった。ただし若い。結婚する前の、大学生の時か。

 そしてこの時期、妻とは1度破局している。


 原因は妻が二股をかけてたから。相手は別の大学の男だったそうで、会ったことはない。それを知った俺は別れを切り出した。

 だが、彼女は受け入れなかった。


「やり直そうよ」


 自分から浮気しといてやり直すもないもんだが、たしかこんな感じのことを言った。「相手の大学の方が偏差値が低かったから、将来金を稼げそうな方を選んだだけ」とは、結婚後仲が険悪になってから聞いたことだ。


 ヨリを戻して。卒業後、なんだかんだで「責任を取る」ってな形で結婚したんだよな。

 よし、ここで降りよう。ここからやり直す。今度はきっぱりと拒絶するんだ。


「おりますか?」


 運転手の言葉に頷こうとして。


「まだおりませんか? おりないと困るんですけど」


運転手が妙に非難がましく言ってきた。

 なんだ? いや、何よりもこの口調……。この責めるような響きに聞き覚えがある。


「お前、ひょっとして――」




 目を覚ますと、白い天井が目に入った。どうやら病室らしい。やっぱりあれは現実じゃなかったか。


 すぐそばで、男女の言い争う声がする。どちらも俺が目覚めたことに気付いてない。


「だから、やり直そうって――」


 叫ぶ男の腕を掴んだ。2人――妻と会社の同僚が悲鳴を上げる。


「お前らか、俺を突き落としたのは――!」



 俺は退社直後、同僚に階段から突き落とされた。頭を強打して救急車に運ばれたが、なんと7日も意識不明の状態だったという。みんな9割方諦めていたそうだ。


 突き落としたのは会社の同僚。実はコイツ、妻の元カレだった。つまり大学時代に俺と天秤にかけられてフラれた方。どうやらこいつ、フラれた後も妻に未練がたっぷりとあったらしい。

 ある日偶然俺のスマホの待ち受けを見て、妻の現在を知ることになったそうな。で、連絡を取り合うようになった。いつしか、俺を亡き者にすれば妻が手に入る、と思いこむようになったらしい。あの日は休日で他の社員が居なかったから、絶好の機会と思ったんだろうな。


 夢でしきりに繰り返された「失敗だったろ?」「やり直さないか?」は、復縁を迫るコイツのセリフが無意識に反映されてたわけだ。病院へまで押しかけて、枕元で痴話ゲンカしやがって。


 どうやら唆したのは妻の方らしい。だが思惑は別にあり、復縁する気などなかったという。そりゃそうだ。俺の同僚ってコトは、俺と同じ給料なんだから。

 そんなことよりも妻は「俺の死後手に入るはずの金」に注目していた。要は保険金だ。ノルマ未達のため、俺は何度も自爆営業――自分名義の生命保険に加入ーーしている。なんやかんやで死亡保険は4千万円ぐらいになるはずだ。贅沢大好きな妻としては、役立たずの夫が死んで大金が転がり込むなんて、願ってもないことだろう。同僚の犯した犯罪については「結局決断したのはあなたでしょう」と突っぱね、無関係を決め込んだ。で、医者や保険会社の人相手に、「いつ生命保険が下りますか」「まだ下りないのですか」としきりに言い立てて閉口させてたらしい。

 下りるはずの保険金で、豪華なフィジー旅行の予約を既に入れてたって聞いた時にはさすがに呆れたな。


 夢で繰り返された運転手の「おりますか?」はこれが耳に残ってたわけだ。


 つまり、妻と同僚が枕元でしてた応酬が、俺の後悔やらと混ざりあってあんなバスの夢を見ちまったわけだ。


 俺は妻と同僚を警察に突き出すつもりだった。同僚は実行犯、妻は教唆犯ってことになるのかな。だが後日双方の代理人が俺の元を尋ねてきた。「被害届を取り下げて欲しい」という旨だ。他に目撃者もいないし、俺が取り下げれば警察も捜査を止めるだろうという目論見。

 俺は離婚と相応の金を見返りに承知した。


 保険会社はクビになっていた。元々非正規雇用で、復帰の見込みがないってんじゃ仕方ない。


 かくして俺を苦しめる2つの問題は一気に解決した。転職と結婚が、失職と離婚に。解決と言うより、「振り出しに戻る」って感じだ。だがまあ、元々合わない職種だったし、和解金をたっぷりふんだくる気でいるから当面の生活はなんとかなるだろう。身軽になった気分だ。



 しかし、とバイクを取りに行く道すがら、バスに揺られながら考える。


 あのバスは結局走馬灯のようなものだったが、もし本当にやり直せるんだったら。無論、現実にそんなことはあり得ないとしても。


「一度ぐらい降りてみたかったなあ」


 未練を呟くと、若いバスの運転手が慌ててこちらを振り向いた。


「降りますか?」


ご愛読ありがとうございました。あまやどりの次回作にご期待ください(/・ω・)/

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