婚約破棄のペナルティが少なすぎる!
なろうの婚約破棄ものは、する側の男が浮気男、女がサレ妻みたいでひたすら女性側の権利が少ないと思います。もっとどでかいペナルティが男側にないと現実世界みたいに離婚ばかりになるんでしょうね
「――この婚約を、破棄させてもらう!」
その言葉が響いた瞬間、舞踏会場にいた貴族たちのざわめきが一気に止んだ。
煌びやかなシャンデリアの光の下、言葉を放ったのは第二王子・アレクシス=フォン=ラディアート。
端正な顔立ちに、冷たい笑みを浮かべていた。
その視線の先には、彼の婚約者――侯爵令嬢リディア=フェンリース。
リディアは一瞬、目を瞬かせた。
まさか、舞踏会の真ん中でそれを言われるとは。
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか、殿下」
「君が――君が、平民出身の学者と親しくしていたと聞いた。昼間、王立学院の中庭で、手を取っていたそうだな!」
「手を取っていた……? 彼は教師です。魔導理論の指導中に、姿勢を直してもらっていただけです」
「言い訳は見苦しい! 私はもう決めた。私は彼女――リーネ嬢と真実の愛で結ばれている!」
リーネ嬢。
辺境伯の娘で、王子の取り巻きとして最近になって宮廷に現れた少女だ。
なるほど、そういうことか。
リディアは溜息をついた。
周囲の貴族たちは息をひそめ、宰相や王妃までもが顔を見合わせている。
だが、王子は勢いを止めず、さらに言葉を重ねた。
「愛のない政略婚など、時代遅れだ! 僕は自由に恋をしたい!」
――はいはい。出たわね、「愛の自由」教の信者。
この王国では、婚約破棄劇が頻発していた。
貴族も王族も、「愛のために仕方なかった」と言えば、大抵のことは許される。
婚約破棄しても、罰金も社会的制裁もない。
傷つくのは、常に“破棄された側”ばかりだ。
(……馬鹿らしいわ)
リディアは、すっと微笑んだ。
怒りも、悲しみも見せない。代わりに、冷静な声で告げる。
「殿下。お言葉を確認いたします。いまこの場で、正式に婚約破棄を宣言なさるのですね?」
「そうだ! もう君とは終わりだ!」
「承知しました。それでは、婚約破棄契約第十五条を発動いたします」
「……はい?」
「ご記憶にないようですので、読み上げますね」
リディアは胸元から、一枚の羊皮紙を取り出した。
会場の誰もが息を呑む。彼女が掲げたそれは、王家の紋章入り――正式な婚約契約書。
「第十五条。婚約破棄を一方的に宣言した側は、相手方に対し“名誉損失および将来補償”として、王家財政の三パーセントを賠償金として支払うものとする」
「さ、さんぱーせんと!?」
アレクシス王子の顔から血の気が引いた。
「王家の三パーセント……? ば、馬鹿な、それは莫大な――!」
「一年の国家予算にも匹敵しますね。ですが、ご安心を。私は慈悲深いので、分割払いで構いません。百年以内に完済いただければ」
どよめきが広がった。
国王が頭を抱え、宰相が腰を抜かす。
王妃は顔を覆い、リーネ嬢は震えていた。
「そ、そんな契約、聞いてない!」
「もちろん殿下はお読みにならなかったでしょう。いつも書類は侍従に任せておられましたから。ですが――署名と血判は、間違いなく殿下ご自身のものです」
リディアは淡々と指摘する。
その声には一片の情もない。
だが、確かな法の重みがあった。
「くっ……! リーネ、逃げるぞ!」
アレクシス王子はリーネ嬢の手を掴んで走り去ろうとした。
だが、扉の前には既に近衛騎士団が並んでいる。
「第二王子殿下。契約違反および王家財産の損失に関する疑いにより、拘束いたします」
「な、なんだと!?」
「王命により、です。――殿下は一時的に王位継承権を停止されます」
アレクシスの顔が蒼白になる。
それを見ながら、リディアはただ一言、冷ややかに告げた。
「殿下。愛は自由です。けれど――責任からの自由は、この国ではまだ認められておりませんの」
――その日を境に、ラディアート王国は変わった。
「婚約破棄ペナルティ法」が制定され、軽率な“愛の破棄”が消えた。
貴族たちは契約の重みを学び、リディアは後に王国法典の監修者として名を残す。
そして、数年後。
平民出身の魔導学者――エリオット・グレンが、王立学院の庭で彼女に告げた。
「リディア様。僕はあなたのような方を尊敬してきました。……もう一度、舞踏の練習をお願いできますか?」
「また姿勢を直してもらうために、ですか?」
「いえ、今回は――手を取りたくて」
リディアは一瞬だけ目を見開き、それから静かに微笑んだ。
あの日と同じ春風が、銀の髪を揺らす。
「いいでしょう。ただし、今度は契約書を用意しておきますね。破棄されたら困りますから」
二人の笑い声が、中庭に響いた。




