【第61話:夢の力】
ホスイの街――夜。レグルス商会の貴賓室。
ふかふかのベッドには勇者リオが、安らかな寝息を立てて眠っている。
まくはその隣、窓際の絨毯のない床で、体を丸めていた。
魔法ブラシでどれだけ手入れをしていても、犬は犬。毛が抜けるのは仕方ない。
リオの寝ている寝具を汚すわけにはいかない――そんな律儀な魔王である。
――夢の中。
一面の暗黒。どこまでも深く、音も光もない。
ふと、その漆黒の闇に、小さな紫の光がひとつ、またひとつと灯りはじめる。
やがて、それは無数の瞬きを伴って浮かび上がり、まるで星空のように広がっていく。
その紫の光の集団から、細く、やさしい声が聞こえてきた。
「……あのときは助けてくださって、ありがとうございました。」
「……助けた覚えはないのだが?」
「いいえ。あの暗黒の中で絶望していた私たちを、あなたは間違いなく救ってくれました。」
「……そうか。なら、どういたしまして?」
まくは首をかしげながらも答えた。
「おまえたちは……いったいなんだ?……魔物なのか?」
「そうですね。魔力を宿している、という意味では……私たちは極小の魔物かもしれません。けれど、魔力を持つというだけなら、人間だって魔物と同じなのです。」
「……なるほど。で、用件はなんだ?」
「私たちはあまりにも小さく、あなたにお返しできる力など本来はありません。
ですが……あなたは以前、咆哮の力をコントロールしようとしていましたよね?」
まくの脳裏に、魔界ゴキブリを吹き飛ばすために試した“極小指向性咆哮”のことが浮かんだ。
「それなら、私たちにも協力できます。これからは、どんな対象でも――あなたの“吼え声”で、自由に選択して吹き飛ばせるようになります。音も、力も、あなたの思い通りに。」
言葉が終わると同時に、紫の光は淡くきらめきながら霧のように消えていった。
**
朝日が差し込み、まくは目を覚ました。
立ち上がって大きく伸びをし、窓辺に前足をかけて身を乗り出す。
あくびを一つしたまくの目に、下の通りの様子が映った。
ガラの悪い男たちが、果物売りの少女に絡んでいる。
「オラオラ、そっちからぶつかったって言ってんだろうが!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「謝って済むなら、衛兵はいらねぇんだよ。」
男の一人が短剣を振り上げ、少女に向かって一歩踏み出した、その瞬間。
まくは、小さく一声――「ウォン」と吼えた。
その咆哮は、ごくごく小さなものだった。
しかし次の瞬間、男の手にあった短剣が、黒い霧のようにシュウゥと消え去った。
続いて、周囲にいた他の男たちの腰に下げられた剣も、同様にして消失した。
「なっ、おれの短剣が……!?」
「剣が……ねぇ!?」
騒ぎ立てる男たちを、まくは窓の上から静かに見下ろす。
――あれは、夢じゃなかったのだ。
あの紫の光の群れ、小さな魔物たち。
あれは確かに、まくに新たな力を与えてくれた。
(けど……あいつらに、おれはいったい何をしてやったんだろうな?)
そう思いながらも、まくはもう一度あくびをすると、静かに窓辺から降りた。




