【第5話:勇者リオが魔王城に住むことになった件について】
玉座の間の、重厚な扉が軋みを上げて開かれた。
そこに立っていたのは勇者――リオ=シュピーゲル。
勇者の鎧に身を包んだリオは、剣と盾を構えながら、魔王に向かって叫ぶ。
「魔王! 世界に混沌をもたらす者よ! その首、もらい受ける!」
――が、リオの目の前にいたのは――玉座に座るモフモフ虎毛の秋田犬だった。
大陸全土で長年にわたって「魔王の姿」について様々に語られてきたが、実際の見た目は――あまりにもモフモフすぎた。
その「魔王」が、言う。
「腹が減った。何か食べるものはないか?」
……あまりにも予想外の“展開”に、リオは戦う気を失くした。
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リオが懐から取り出したのは、携帯用の干し肉。旅の途中、口寂しいときにかじるものだったが、仕方ない。
差し出すと、魔王はふんふんと鼻を鳴らしてから、上品に口にする。
「量は少ないが、なかなかの味だな。」
そんな感想を口にしつつ、魔王は懐かしげに天井を見上げる。
「前の世界では、よくささみスライスのジャーキーをもらっていた。……あれは、うまかった。」
魔王は、前の世界にいた頃のことを思い出す。
あの頃は、ただの“犬”だったが、生活はそれなりに充実していた。
今は、かつての記憶を持ったまま、この異世界で、魔王として玉座にいる。
けれど――ひとりでこの魔王城にいるのは、どうにも居心地が悪い。
しばらく考えて、ふと思い当たる。
「そうか……“世話係”がいないから座りが悪いんだな。」
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翌朝。リオは、玉座の上で目を覚ます。
窓の外は薄曇り。魔王城の朝は、どこか幻想的で、静かだった。
起き上がると、目の前にいたのは……やはり虎毛の秋田犬。
朝から当然のように、干し肉を要求してくる。
不思議なことに、リオはこのモフモフの秋田犬に対し、徐々に親しみを覚え始めていた。
――魔王城で最強のラスボスが、「モフモフの大型犬」。なんだか笑いがこみあげてくる。
そんなリオに、まくは唐突に言った。
「しばらく、ここで世話係をしてくれないか?」
リオは少々困惑する。
「……とりあえず。国に報告して、親にも心配いらないって伝えないと……」
「なるほど。分かった。」
まくは小さくうなずき、四つの翼のある黒い魔鳥を呼び寄せる。
「こいつは伝書魔鳥だ。なんでも伝えるぞ。口調も真似るし、内容も選ばない。」
そう言ってから、魔鳥の耳(?)元で何やら「いろいろと言い聞かせて」いた。
やがて魔鳥は「ピッ」と一声鳴いて、ゆっくり上昇すると、開いた窓から空へと飛び立った。
リオはその姿を見送りながら、胸中で思う。
(……もう、断れないんだろうな……)
玉座に悠然と座る虎毛の秋田犬――魔王まくを見やり、小さなため息をつく。
「でも、まあ……悪い奴ではなさそうだし。しばらく付き合ってやるか。」
こうして勇者リオの“第二の人生”は幕を開けた。




