【第3話:スライム見つけた】
魔王城の石畳の廊下を、勇者リオは静かに歩いていた。
この地に来てからというもの、リオの目的はただひとつ──魔王まくの暮らしを、より快適なものにすること。
かつて世界を震撼させた前代魔王をひと吠えで倒した「最強の魔王」は、今では玉座に寝転がるのが日課の、どこか気だるげな虎毛の秋田犬である。
その日も、リオは魔王城の涼しい場所を探していた。
魔王城は、その立地上とても暑い。
すぐ近くには活火山があり、岩肌からは蒸気が立ち昇っている。
特に昼間は、石造りの城の中ですら気温が30℃を超えることも珍しくない。
「何か、まくの涼みに役立つものがあれば……」
ふと、柱の陰で何かが微かに震えているのが目に入った。
透明で、ぷるぷるとしたその姿──スライムだ。
「……君、どうしてこんなところに?」
そっと手を差し伸べると、スライムはひるむ様子もなく、リオの手の中におさまった。
ひんやりとした感触が、手のひらに心地よく伝わる。
「これは……使えるかも」
直感的にそう思ったリオは、スライムを抱えたまま玉座の間へ駆け戻った。
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魔王城、玉座の間。
「……あつい……」
玉座の上で、だらりと横たわる魔王まくの口からは、今日も間延びした声が漏れていた。
その大きな身体は全身が毛に覆われているため、まるで冬用の毛布を夏にかぶっているようなものだ。
本人曰く、「前の世界ではエアコンという魔道具があってな……」と暑さへの愚痴をこぼしていたが、今この世界にそれはない。
すると片手に小さなスライムを抱えたリオが玉座の間に飛び込んできた。
玉座の間に備え付けられた銀鋼製の大皿に、円卓の水差しから水をたっぷりと注ぐ。
その中に、さきほどのスライムをそっと入れると──
ぷるん……
水を吸収したスライムは、みるみるうちに膨らんでいった。
数秒のうちに、50センチほどの大きさになると、その姿はまるで透明なクッションのようだった。
リオはそれを両手で抱え、慎重に玉座へと近づく。
「少しだけ失礼しますね……」
そして、スライムを、寝そべる魔王の背中からそっとかぶせた。
ひんやり。
「……っ……!?」
まくの体がピクリと動いた。
虎毛を通して伝わる冷たさが、まるで初夏の風のように心地よく、火照った体温をゆっくりと奪っていく。
やがて──
「……これ……さいこう……」
まくの顔がゆるんだ。
そのまま、目を閉じて、スライムの重みに身を任せる。
リオはその様子をそっと見つめながら、小さく笑った。
「ふふ……やっぱり、持ってきてよかった」
魔王城は暑さに満ちている。
けれど、玉座の間の片隅には、透明な冷感スライムと、それに包まれた魔王と、そしてその姿を嬉しそうに見つめる勇者がいた。
今日もまた、魔王と勇者の、穏やかで不思議な一日が過ぎていくのだった。