【第2話:魔王と勇者のほかには城には誰もいません。】
勇者リオが魔王城に住み始めて、一週間が経過した。
重厚な石造りの城は、無駄に天井が高く、廊下には漆黒の石畳が続き、
いかにも「魔王の居城」という風格を備えている。にもかかわらず——
「……ねえ、まく?」
リオは目の前で、あられもなくへそ天で寝転がっている虎毛の秋田犬——いや、魔王に問いかけた。
「この城、ぼくたち以外に誰もいないの?」
「いないな。」
まくは即答する。
「ほんとに? だって魔王には、四天王とか参謀とか、配下の魔物だって山ほどいたはずだけど……」
「何かいたな。たくさんいたと思う。でも——召喚された時に、みんな消し飛んだ。」
「消し飛んだァ!?」
「召喚された時に、少し吠えたら、ぼくの咆哮に耐えられず、もろとも爆散した。」
今、魔王が、おそろしいことを言った。さらっと。言っている本人は(?)尻尾を振って楽しそうだが。
「ちょ、ちょっと待って! 爆散って……全員が!?」
「全員爆散!」
「魔王軍、壊滅じゃん!!」
リオは思わず立ち上がって叫んだ。まくは「うるさいなあ。」と呟きながら、あくびをする。
どうやら召喚されたときに、手違いからか、あるいは気が立っていたからか、
その場にいた魔物を消滅させてしまったらしい。「ワンッ」と一発で。
「じ、じゃあ……もしかして、前の魔王も?」
「ああ、あのデカいのも、消し飛んでたな」
リオは思う。この犬は、魔王だけど、魔王じゃないよね?
勇者にしか倒せないはずの魔王を倒したのだから。
「まく。君は、本当は勇者として召喚されたんじゃない…?」
「ぼくが? 勇者? 魔王なのに? ありえないだろ。」
いや、魔王が犬だってことが、まず、ありえないんだけど、と心の中で呟いていると、
まくはごろんと寝返りを打ち、尻尾を振ってから言った。
「まあ、そんな細かいことはいいじゃないか。今は平和になったんだから。」
「確かにそうだけど……!」
勇者リオは、魔王まくが勇者かもしれないという考えが、どうしても頭から離れないのだった。




