【第2話:魔王と勇者のほかには城には誰もいません。】
勇者リオが魔王城に住み始めてから、すでに二週間が経過していた。
広大で重厚な石造りの城は、無駄に天井が高く、廊下には赤い絨毯が敷かれており、
まさしく「魔王の居城」という風格を備えている。にもかかわらず——
誰もいない。
「……ねえ、まく?」
リオは朝のラム茶を飲みながら、目の前で魔獣の皮に包まれたクッションに埋もれて
寝転がっている虎毛の秋田犬——いや、魔王まくに問いかけた。
「この城、ぼくたち以外に誰もいないの?」
「うむ。いないな。」
まくは当たり前のように即答する。
「いや、ほんとに? だって魔王には、四天王とか参謀とか、配下の魔物だって山ほどいたはずだけど……」
「いたな。千は下らなかった。でも——ぼくが召喚された時に、みんな消し飛んだ。」
「消し飛んだ!?」
「うむ。召喚された時に、少しだけ吠えたら、ぼくの咆哮に耐えられず、その場にいた魔物はもろとも爆散した。」
今、おそろしいことを、さらっと言った。しかも、言っている本人は(?)尻尾を振って楽しそうである。
「ちょ、ちょっと待って! 爆散って……生き残った魔物はいないの!?」
「いない。」
「魔王軍、壊滅じゃん!!」
リオは思わず立ち上がって叫んだ。まくは「うるさいなあ」と呟きながら、ぷいと横を向いた。
つまり、こういうことらしい。
前の魔王が、「最強のビースト」召喚のために行った禁呪の儀式。
その結果、異世界から召喚され、現れたのがこの虎毛の秋田犬まくだった。
だが、召喚された瞬間に吠えただけで、その場にいた全ての魔物が塵と化したというのだ。
咆哮だけで魔王軍壊滅。まさに災厄。
「じゃあ、その……前の魔王も、まくが倒したの?」
「うむ。吠えたら消えた。」
「やっぱりかぁぁあああ!!」
リオはがくりと肩を落とす。こんな存在が“魔王”だなんて、ありえない。
なぜなら魔王を倒すのは、いつだって勇者の役割だから……それって、もう……
「まく。君は、本当は勇者なんじゃないの……?」
「ぼくが? 勇者? まさか……」
まくはごろんと寝返りを打ち、尻尾を振ってから言った。
「まあ、細かいことはいいじゃないか。平和になったし。」
「なったのは、なったけどさ……!」
勇者リオの頭の中では、まくのとんでもない経歴……実は勇者ではないかという疑惑と
いつか自分もその咆哮を喰らって「爆散リスト」の仲間入りをしてしまうかもしれない恐怖がぐるぐると渦巻いていた。