【第22話:リオのところへ】
デント村。人口千人ほどの小さな村だ。
その日の朝早く、エルナは幌なし馬車に荷物を載せていた。
十日分の簡易食糧に、木樽を三つ。樽には出来上がったばかりの干し肉が詰まっている。
夜、身体にかけて寝るための布を一枚。水袋。飼い葉桶。
馬車の荷台の後ろ半分は、仕切り板を立て、圧縮の魔法をかけて一日分ごとに小分けした飼い葉を積み込んである。
防具としての役割も兼ね備えた上着を着る。
上着の背中には少し雑ではあるが大きな犬をかたどった刺繍。
魔物除けの魔法を施してある。
「ふふっ。魔王さまに少しは似ているといいわね。」
「さあ、これで準備は整った。」
エルナは馬車に乗り込み出発する。
エルナ=シュピーゲル。三十七歳。リオには内緒にしているが
彼女は王国騎士団に所属していた元騎士。
夫のバルは、リオが生まれてすぐに病気で亡くなった。
以後は故郷であるデント村で、女手一つで、リオを育てて来た。
デント村から北部州の州都レールまで百キロ。
そこからホスイの街まで百キロ。
馬車には車軸と車輪に強化魔法をかけているので時速は六キロ程度として、
一日の移動距離をざっと計算すると、せいぜい四十キロだ。
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州都レールを経由して、ようやくホスイの街に入る。出発してから六日目だ。
ホスイはエルミナ王国の北部の要衝。魔王軍撃退の要となる城塞都市。
今ではむしろ商人の街と言っても過言じゃないくらいの商業都市になっているが。
「さて、いよいよ、ここからが本番。」
エルナは気を引き締めると、馬車を進ませる。
道は土道から、急に滑らかに変わる。
石畳がところどころ見える。「魔王の道」だ。
この道を通るのは、リオがまだ生まれる前だった。
二十年近く前の魔王討伐の時以来だ。
辺りの様子はそのときと全く変わらない。
道の両側には深い森の木々が生い茂る。
まるで屹立する緑の壁が押し寄せるような圧迫感。
馬車二台が余裕で通れるほどの道幅があるのに。
しばらく進むと道幅が急に拡がり、広場のような場所に出る。
魔王討伐の時もここで一晩過ごした。今回もここで寝るとしよう。
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魔王領に入って二日目。一旦森を抜け、背丈ほどの草が生い茂る草原に出る。
そのまま馬車を走らせていると草原の彼方についに魔王城が見えて来た。
黒い巨岩でできた、威容を誇る、魔王の城が。
馬車は城門前で止まる。あたりには朝霧が立ち込めている。
すると、ギギギィ――と重々しい音を立て、鉄と魔力で強化された城門がゆっくりと開いていく。
エルナは、村の門をくぐるように、馬車を進める。
霧が薄くなりはじめると、魔王城の入り口に、リオが立っているのが見える。
馬車を止めると、リオが走り寄って来た。
「……何しに来たの?ここ魔王城だよ?」
エルナは思い切り笑顔を作ってから言う。
「魔王様にご挨拶しに来たんだよ。まくちゃんにはお世話になってるからねえ。」




