【第18話:ホスイ議会】
ホスイの街の議会は、いつになく騒然としていた。
石造りの古びた議場に響く議長グラハムの木槌の音も、なかなか議員たちの喧騒を鎮められない。
「静粛に! 静粛にしてください!」
議長の必死の呼びかけも空しく、議場のざわめきは収まらなかった。
話の発端は、国の隅々にまで広がった一つの噂だった。
「今の魔王は、大きな犬。」
それを聞いた誰もが首をかしげた。
魔王といえば凶悪無比、邪悪をつかさどる最強の魔物のイメージが強い。
しかし、犬だと言われては、混乱せざるを得ない。
議場の中央に立った平民議員マルア女史が、鋭い眼差しで言い放った。
「魔王が犬だというなら、恐れることはありません! ただの犬ならば、兵を派遣してすぐにでも討ち取るべきです!」
それに対して商会議員のガイウス氏は眉をひそめる。
「甘いな、マルア女史。たとえ犬でも魔王は魔王だ。油断して反撃されれば、ホスイが壊滅するかもしれぬ。慎重に事を運ぶべきだ。」
そのとき、貴族議員デボルナ卿がにやりと笑った。
「犬とは面白い表現だな。私の飼っている大型犬を、ぜひ一度、その“犬”の魔王と対決させてみたいものだ。」
議場は笑いに包まれたが、その笑いもどこか不安を隠しきれなかった。
グラハム議長は再び木槌を叩き、言葉を慎重に選んで話し始めた。
「確かに、我々の魔王観が大きく変わろうとしているのかもしれない。かつての魔王は恐怖そのものであったが、今やその恐怖は形を変えつつある。」
「今度の魔王は大きな犬。―それが事実ならば、人類は戦略を根本から見直す必要がある。無用な恐怖に怯えるよりも、現実を見極めるべきだ。」
議場は静まり返った。誰もがその言葉の重みを感じ取っていた。
だが、誰もまだ魔王の真の姿や意図を掴みかねている。
「討伐すべきか、交渉か、様子見か、あるいは犬として扱うべきか――。」
グラハム議長は深いため息をついた。
「恐怖の本質は変わった。しかし、それをどう受け止め、どう対処するか。これからのホスイの未来は、この議会の判断にかかっている。」
議員たちはそれぞれの思惑を胸に、今後の方針をめぐって議論を続けていった。
魔王が犬であるという噂は、ただの噂にとどまらず、ホスイの民の心に確かな変化をもたらしていたのだった。




