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【第12話:ワイバーン襲来】

魔王城より北へ二百キロ。北方山脈のふもとに、薄暗い空を背景に岩肌を這うような巨大な巣があった。

そこに集うは百を超えるワイバーンたち。青灰色の鱗が風にうねり、翼の波紋が空気を震わせていた。


その中央、高く聳える黒岩の上には、他のワイバーンよりもひときわ大きく、角も長くねじれた一体がいた。

副長老と呼ばれるそのワイバーンは、赤く光る両眼を細め、仲間たちを見渡す。


「時は来た。我らはもう、誰かの乗り物ではない。先代魔王は消えた。盟約は今このとき、破棄される!」


咆哮とともに、巣全体が揺れた。鋭く尖った尾が岩を砕き、百体を超えるワイバーンが一斉に翼を広げる。


「我らが魔界の支配者となるのだ!」


その声に呼応するかのように、無数の咆哮が夜空に響き渡る。


そして、黒雲の如く――魔王城へと飛び立った。


**


魔王城。玉座の間。


分厚い絨毯の上に座り込んだ虎毛の秋田犬の魔王まくが、干し肉の詰まった木樽を前に目を細めていた。


「んー……やっぱり、これうまいな。」


まくの隣では、リオが腕を組んでそれを見守っている。リオの母親が置いて行った干し肉は、村でも評判の逸品だった。


「三樽もあれば、二週間くらいは食べ放題だな……ふふっ。」


まくは頬を緩める。だがそのとき、突如、空気を切り裂くような異音が窓の向こうから響いた。


――ギィィィィィアアアアア!


「……ん?」


まくが肉片を咀嚼したまま眉をひそめる。リオが様子を見るため急いで走り出て行った。


数分も経たぬうちに、リオは息を切らせて戻って来る。


「ま、まく―――! 北の空から、ワイバーンが……っ! しかも数が――百を超えてる! まるで黒雲のように!」


「ふーん、面倒くさい。」


まくは立ち上がり、大きく伸びをした。しかし、その口元には、わずかな笑みが浮かぶ。


「でも、ちょっとだけワクワクしてるかも。……干し肉食った後の運動にはちょうどいい。」


**


まくとリオは、魔王城唯一の出入口から魔王城の外、すなわち石造りの城壁に囲まれた広場へと出る。

空は灰色に染まり、遠く一キロ先には黒い影のような群れが横一線に広がっていた。


「……すごい数。」


リオの声に、まくは一言だけ応じる。


「耳、塞いで。」


「……え?」


「いいから、今すぐ。」


まくの瞳が、淡く赤く光る。リオはわずかに息を飲んだが、すぐに言われた通り両耳をふさぐ。


ワイバーンの群れは距離を詰め、すでに数百メートル先まで迫っていた。空が震える。風が唸る。


そして、まくは――「ワンっ!」と、吠えた。


ただ、それだけだった。


だが、その声が届いた瞬間、迫り来ていたワイバーンたちの姿が、黒い霧となって霧散した。


リオは呆然とその場に立ち尽くした。両手で塞いだ耳越しに、一斉に爆ぜる音が聞こえた気がした。


「……い、今の、なに?」


「番犬らしく、吠えただけだけど?」


「いや、犬ってレベルじゃ……ない……!」


「まあ、指向性の咆哮かな。範囲を絞れば、あれくらいはできるかなって。」


まくはそう言いながら、伸びをする。


「ふぅ、腹ごなし終了。じゃ、干し肉の続き食べに戻ろっか。」


リオはしばらくその場で立ち尽くし、再び静けさを取り戻した空を見上げていた。

あの黒雲のような群れが、一瞬で霧散した光景が脳裏から離れない。


「……やっぱり、まくって……、まお……」


そう言いかけて、リオはかぶりを振る。言葉にならない。

ただひとつ言えるのは――やはりまくは「只者ではない」。


その確信だけが、リオの胸に強く残った。

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