【第12話:ワイバーン襲来】
魔王城より北へ二百キロ。北方山脈のふもとに、薄暗い空を背景に岩肌を這うような巨大な巣があった。
そこに集うは百を超えるワイバーンたち。青灰色の鱗が風にうねり、翼の波紋が空気を震わせていた。
その中央、高く聳える黒岩の上には、他のワイバーンよりもひときわ大きく、角も長くねじれた一体がいた。
副長老と呼ばれるそのワイバーンは、赤く光る両眼を細め、仲間たちを見渡す。
「時は来た。我らはもう、誰かの乗り物ではない。先代魔王は消えた。盟約は今このとき、破棄される!」
咆哮とともに、巣全体が揺れた。鋭く尖った尾が岩を砕き、百体を超えるワイバーンが一斉に翼を広げる。
「我らが魔界の支配者となるのだ!」
その声に呼応するかのように、無数の咆哮が夜空に響き渡る。
そして、黒雲の如く――魔王城へと飛び立った。
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魔王城。玉座の間。
分厚い絨毯の上に座り込んだ虎毛の秋田犬の魔王まくが、干し肉の詰まった木樽を前に目を細めていた。
「んー……やっぱり、これうまいな。」
まくの隣では、リオが腕を組んでそれを見守っている。リオの母親が置いて行った干し肉は、村でも評判の逸品だった。
「三樽もあれば、二週間くらいは食べ放題だな……ふふっ。」
まくは頬を緩める。だがそのとき、突如、空気を切り裂くような異音が窓の向こうから響いた。
――ギィィィィィアアアアア!
「……ん?」
まくが肉片を咀嚼したまま眉をひそめる。リオが様子を見るため急いで走り出て行った。
数分も経たぬうちに、リオは息を切らせて戻って来る。
「ま、まく―――! 北の空から、ワイバーンが……っ! しかも数が――百を超えてる! まるで黒雲のように!」
「ふーん、面倒くさい。」
まくは立ち上がり、大きく伸びをした。しかし、その口元には、わずかな笑みが浮かぶ。
「でも、ちょっとだけワクワクしてるかも。……干し肉食った後の運動にはちょうどいい。」
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まくとリオは、魔王城唯一の出入口から魔王城の外、すなわち石造りの城壁に囲まれた広場へと出る。
空は灰色に染まり、遠く一キロ先には黒い影のような群れが横一線に広がっていた。
「……すごい数。」
リオの声に、まくは一言だけ応じる。
「耳、塞いで。」
「……え?」
「いいから、今すぐ。」
まくの瞳が、淡く赤く光る。リオはわずかに息を飲んだが、すぐに言われた通り両耳をふさぐ。
ワイバーンの群れは距離を詰め、すでに数百メートル先まで迫っていた。空が震える。風が唸る。
そして、まくは――「ワンっ!」と、吠えた。
ただ、それだけだった。
だが、その声が届いた瞬間、迫り来ていたワイバーンたちの姿が、黒い霧となって霧散した。
リオは呆然とその場に立ち尽くした。両手で塞いだ耳越しに、一斉に爆ぜる音が聞こえた気がした。
「……い、今の、なに?」
「番犬らしく、吠えただけだけど?」
「いや、犬ってレベルじゃ……ない……!」
「まあ、指向性の咆哮かな。範囲を絞れば、あれくらいはできるかなって。」
まくはそう言いながら、伸びをする。
「ふぅ、腹ごなし終了。じゃ、干し肉の続き食べに戻ろっか。」
リオはしばらくその場で立ち尽くし、再び静けさを取り戻した空を見上げていた。
あの黒雲のような群れが、一瞬で霧散した光景が脳裏から離れない。
「……やっぱり、まくって……、まお……」
そう言いかけて、リオはかぶりを振る。言葉にならない。
ただひとつ言えるのは――やはりまくは「只者ではない」。
その確信だけが、リオの胸に強く残った。




