【第109話:大使の任命】
王都クロセリアから発った一台の馬車が、舗装された「友好の道」を滑るように進んでいた。
車輪の軋みも最小限で、ガタゴトと揺れることもなく、まるで王都の石畳の上を走っているかのようだ。
馬車には前回と同じ三人の使者たちが乗っていた。
屈強な戦士ドノヴァン。
鍛え抜かれた肉体に加え、常に周囲を警戒するその姿は、まさに百戦錬磨の戦士である。
隣に座るのは、元騎士団副長のカイル。
整った顔立ちと、理知的な眼差し。かつて騎士団の団長候補と噂されたこともあった。
そして対照的に、軽くいびきをかいて眠っているのが若き学者風の男、エイスリ。
彼は今回の旅で最も重要な役割を担っているが、今回は緊張の色も見せず夢の中だ。
「まったく、犬の魔王ってのはすげえな。」
ドノヴァンが窓の外を眺めながら呟く。
「ああ、本当に。魔王領国境から王都まで三百キロの舗装道を、たった一年で完成させたっていうじゃないか。」
カイルも頷く。
「勇者リオ様が王宮と魔王の間を取り持ったことが大きかった。今や戦いの英雄じゃなく、平和の象徴だからな。」
「そういえば、魔王の街――『ゴーレム』って、すごいところらしいな。」
と、ドノヴァンが訊く。
「王都にも匹敵する街並みだって聞いた。俺も近衛騎士じゃなかったら移住してたかもな。」
とカイルが返すと
「はは、冗談ばっか言ってると、エイスリがそのまま魔王の側近にされちまうぞ。」
そんな冗談を言い合う間にも、馬車は快調に進み、以前よりも二日早く目的地に辿り着いた。
**
魔王の街『ゴーレム』。
馬車がその外壁に近づいたとき、三人は思わず顔を見合わせた。
「門が、ない……」
「おい、どうやって中に入るんだ?」
継ぎ目一つない滑らかな土壁が、まるで巨大な一枚岩のようにそびえ立っている。
入口らしきものは見当たらない。
しかし次の瞬間、重々しい足音とともに巨大なゴーレムが現れ、その無機質な指先で壁に軽く触れると――
左右に溶けるように、壁が開いた。
「さすが、魔王の街……入り口からして違うな。」
中に足を踏み入れた瞬間――そこには王都と見紛うばかりの街並みが広がっていた。
六階建ての建物が整然と並び、黒光りする舗装道路の上をたくさんの馬車が行き交っている。
魔力灯が通りを照らし、区画ごとに色分けされた印のようなものが建物の随所に付いている。
まるで未来都市のようなその光景に、ドノヴァンもカイルも言葉を失っていた。
そしてその最奥には、巨大な漆黒の城――魔王城が、そそり立つ。
馬車はそのまま城壁広場の中へと入り、魔王城の入り口前で止まった。
「ようこそ、使者の皆様。」
恭しく頭を下げるのは、燕尾服を着た執事だった。
「どうぞ、こちらへ。魔王様がお待ちです。」
異常に長い階段に、ドノヴァンは思わず舌打ちし、カイルは額の汗をぬぐいながら黙々と昇る。
一方エイスリは、平然とした表情で淡々と足を運んでいた。
階段を上りきると、すでに扉が開かれ、三人は前回訪れたときと同じく、玉座の間へと足を踏み入れる。
壁、床、天井はすべて墨のような黒一色――壁には魔力灯が整然と並び、青白い光を放っていた。
部屋の最奥には、威風堂々たる姿で、犬の魔王が玉座の上に座っている。
その隣には、『勇者武具』を身に纏った勇者リオが控えていた。
三人は揃って片膝をつき、魔王への敬意を表す。
やがてエイスリが一歩前へ進み、丁寧に口上を述べた。
「魔王まく様、王都クロセリアより、国王陛下の親書をお届けに参りました。」
まくはちらりと隣のリオに目配せする。
「リオ、読んでくれ。」
リオは頷き、エイスリの手から親書を受け取ると、封を切り、静かに朗読を始めた。
「――親愛なる魔王まく殿へ。
魔王の街『ゴーレム』が完成したこと、王都として心より祝福申し上げます。
いずれ『友好の道』完成の式典を、両国の国境ホスイの街にて執り行いたく。
参じました使者三人は、我が国から貴国への最初の大使として承認していただければと。
なお、国王陛下から賜った正式な役職名は以下の通り。
ひとつ エイスリ=ラフォンターゼに男爵位を授与し、大使を命じる。
ひとつ ドノヴァン=ファイゼル、ならびにカイル=ダープスに新設の従男爵位を授与し、大使補佐に任じる。
――エルミナ王国宰相エルト・ベラン」
読み終えた瞬間、場には静寂が落ちた。
エイスリは目を丸くし、ドノヴァンの肩が微かに震えている。カイルは唇をかすかに開いたまま、言葉を失っていた。
その様子を見て、まくは満足そうに口角を上げると、宣言する。
「だ、そうだ。よかったな、お前ら。今日からお前たちも、魔王の街の住人だ。」
「「「ええええええーーーー!?」」」
三人の驚愕の声が、玉座の間に高らかに響き渡った。
――かくして、魔王の街『ゴーレム』に、魔王領初の「エルミナ王国大使」が誕生したのだった。




