【第10話:伝書魔鳥】
その日も、陽は穏やかに降り注ぎ、山間の村は静かに時を刻んでいた。
エルナは、朝から続けた畑仕事を終え、ようやく腰を下ろしていた。
湯気の立つラム茶を一口すすると、ほんのり甘い香りが喉を滑ってゆく。
小皿に盛ったルゴの実の漬物をぽりぽりと齧りながら、「今日もよく働いたわ。」とひと息つく。
と、そこに――。
「ブウゥゥン!」
窓から、黒い影が舞い込んだ。エルナが驚いて立ち上がるよりも早く、その影は部屋の中央に着地する。
「……鳥?」
いや、そう思ったのは一瞬だった。
その姿は確かに鳥のようだが、翼が……四つもある。
大きな目がひとつあり、深い紫と緑が混じったような色あいをしている。
すると突然、その奥から妙に整った声が響いた。
「こんにちは、リオのお母上殿。突然の訪問、失礼します。」
エルナは凍りついた。
魔物——?
この村では、これまで一度として魔物が現れたことなどない。
だが目の前のこの「鳥」は、まるで長年の知り合いのように丁寧な口調で話し始めた。
話はこうだ。
——息子のリオは、今、魔王城にいる。
——偶然出会った魔王に干し肉を分けたことで、すっかり気に入られた。
——魔王に敵意などは一切なく、むしろ世話役としてリオを迎え入れた。
——魔王はそのことを知らせたくて、伝書鳥を飛ばした。
——ちなみに、その魔王とは、自分のことであり、「大きな犬」である。
……犬?
「大きな犬」と聞いた瞬間、エルナの中の何かがカチリと音を立てて動いた。
もともと犬好きなのだ。特に大きくて、もふもふした犬には目がない。
魔王と聞いて一瞬怯えたものの、すっかり心配は吹き飛び、むしろ興味が湧いてきた。
エルナはにやける頬を抑えながら、伝書鳥にこう伝えた。
「魔王さまへ
リオのことを温かく迎えてくださり、ありがとうございます。
ところで、あなたはどのような毛色で、どれくらいの大きさで、どんな模様なのでしょう?
ふさふさでしょうか?
いつか機会を見て、干し肉をたくさん持って、ぜひ会いに行きたいです。
——リオの母、エルナより」
伝書鳥は、ふたたび四枚の翼を広げたまま、宙に舞い上がる。
その姿を見送ったエルナは、ラム茶を一口すすると、満足げにこうつぶやいた。
「魔王さまが犬なら、怖がることなんてなかったわね。ふふ……干し肉、もっとたくさん作っておかなくちゃ。」
——その日、山間の村の片隅で、干し肉の仕込みがいつになく賑やかに始まった。




