【第9話:選ばれし者】
「リオ=シュピーゲル。そなたをエルミナ勇者に任じる。これをもって魔王討伐に向かうことを宣言する!」
厳かな声が王宮の大広間に響き渡る。玉座に腰掛けるエルミナ国王の宣言に、見守る重臣たちが一斉に膝を折り、正式に勇者となった少年に敬意を示した。
リオは、緊張に喉を鳴らしながら一歩前へ出た。その顔立ちにはまだ幼さが残っていたが、その瞳の奥には、どこか冷静さと覚悟が宿っていた。
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一年前――リオ十六歳。
エルミナ王国東部の小さな村に生まれ育ったリオは、畑を耕し、母と二人で静かな日々を過ごしていた。
剣の修行も戦いの経験も一切ない。
そんな彼が、「選抜の試練」に参加したのは、まったくの偶然だった。
村を訪れた王国の使者が見守る中、半ば遊び半分で触れた「勇者の剣」。
他の挑戦者たちが歯を食いしばっても地面からわずかに浮かせるのが精一杯だったその剣を、
リオはまるで木の枝でも拾うように、軽々と持ち上げてしまった。
その瞬間、大きな歓声が上がった。
「見ろ! 勇者が現れたぞ!」
リオはただ戸惑うばかりだった。だが、《箱》は彼を選んだ。
《箱》――それは、古の時代からエルミナ王家に伝わる秘宝であり、勇者を勇者たらしめる存在。
この不思議な箱から創出された《勇者武具》こそが、歴代の魔王を打ち倒してきた力の源だ。
剣、鎧、盾――それぞれが、常識を超えた性能を持ち、使用者に超人的な力を授ける。
勇者の剣は、かすっただけで岩を両断する切れ味を持ち、勇者の鎧は全身に結界を展開し、敵の攻撃を大幅に緩和する。
そして勇者の盾は、見た目こそ細く小さいが、戦闘時には縦横に十倍の幅まで“見えない壁”を展開し、絶対の防壁となる。
箱は大陸全土で三つ確認されており、同時に存在できる勇者の最大数は三人。
そして、エルミナの箱が選んだのは、十六歳の少年――リオ=シュピーゲルであった。
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翌朝。
リオは王宮のバルコニーに立ち、朝焼けに染まる王都を見下ろしていた。
風が静かに彼の金色の髪を揺らす。
「……母さん。行ってくるよ。」
かつての田舎の村での平穏な日々を思い出しながら、彼は小さく呟いた。
そしてリオは歩き出す。
魔王を討つため。大陸に平和を取り戻すために。




