日常
大学2年生、女、中肉中背、一人暮らし、友達は少ない、恋人無し、実家には共働きの両親とペットの犬が一匹、部屋は汚く、自炊も特に行わない。
こんな人間はありふれているかと言えばありふれていて、そうでもないと言われればそうでもないのだと思う。だが、こいつは俺のターゲットだった。そうなれば話は別だ。大学二年生、女、中肉中背……そして、暗殺依頼が出されている。そんな奴、この世界のどこを探したっているわけがない。そう、それが居るはずがないのであれば、こうして平凡な女を向かいの家からスコープ越しに覗く俺もいるはずがないのだ。いるはずのないターゲットといるはずのない暗殺者。それが都会とは言えないこの土地に二人。おそらく、奇跡というのはこのことを指すらしい。
さて、俺がこの女を観察し始めてから1週間が過ぎた。女は学校とバイト以外の大半を部屋で過ごす。友達が訪れることはなく、警戒心もなく真夜中に洗濯物を干そうと窓開けることが2日に一度。ここまでつきとめるのに1週間、殺すタイミングまで決まってしまった。こうも実りある1週間は初めてだったかもしれない、そしていい意味で割に合わない仕事も初めてだった。スコープ越しに女が窓へ近づいてくるのが見えた、その両手にはハンガーにかけられた洗濯物が握られている。ためらいはなかった。重たいものが倒れる音、上がらなかった悲鳴、それだけが確かな手ごたえとして伝わり引き金を引いた指の力が緩められる。終わったのだ、こんなにもあっさりと。
俺は女の部屋に侵入した。散らかった紙の束や物を、倒れこんだ女の頭部から流れ出る血液が飲み込んでいく。首に手を押し当てると脈はなかった。あらかじめ用意していたトランクケースに女の遺体を詰め込み、それが終わると手筈通りに電話を掛ける。女の入ったトランクケースは業者に回収された。それを見届けてようやく依頼相手に連絡の電話を掛ける。
「頼まれていたものを処理いたしました。……はい、報酬は指定の口座へお願いします。……すみません、なぜこの女性が仕事相手になったのでしょうか。はい……はい、承知しました。それでは、ご指示通り発見を遅らせる工作を施したのち離脱します。はい、この度はご利用いただきありがとうございました。」
電話を切った。不必要な好奇心に返されたのは、あの女は存在してはいけなかったのだと、それ以上を聞く義務も義理も持ち合わせていない俺にはそれだけだった。残されたのは追加の仕事、血まみれの現場に虫がたかって女の死がバレてはいけない。とにかく、黒いゴミ袋に女の血液を吸い込んだ床の上のモノを放り込んでいく、提出予定のレポート、未使用のノート、顔立ちの良い男がプリントされたポスターが丸められたもの、脱ぎ捨てられた靴下、書き始めて2日分の食事記録が書かれた開きっぱなしの手帳。血の付いた床は水を吸収する素材ではなかったため二回ほど拭いてゴミ袋を二重に縛った。俺が殺したのは、粗雑で、必要最低限の課題はこなしていて、ダイエットを始めて二日目の女だった。なぜこの女が死ぬ必要があったかはわからない、理由すら知られず、遺体も持ち去られる。死んだ女が生活の大半を過ごしていた部屋の中心で、ゴミ袋を右手に持ちながらため息を吐いた。
人を殺すというのは、こういうことなのだ。
山も谷もない文章が書きたかった