幼馴染は未来の王妃(ただし婚約破棄済み)を甘やかしたい
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「レティシア・アスター!」
私の婚約者であるユリウスは叫んだ。王宮主催の大舞踏会、その真ん中で。
「オレがしばらく構ってやらなかったからといって、フィオンに嫌がらせをするなど未来の国母のすることではない!よって、お前との婚約を破棄する!」
「ゆ、ユリウス様!婚約破棄なんてやりすぎです!わたしはレティシア様に謝っていただければそれでいいんです!」
「おぉ、愛しのフィオン。君はなんて心優しいんだ…!君こそ国母に相応しい!さぁ、オレの手を取ってくれ、フィオン!」
「ユリウス様……!」
――などと茶番が繰り広げられているけれど。私はフィオンとやらに嫌がらせをした覚えはないし、そもそも会ったことも話したこともない。
要は適当に言いがかりをつけて体よく婚約破棄をしたかったんだろうな、と結論付けて私は一歩前に出た。
「申し訳ありません、フィオン様。わたくし、嫌がらせだなんて全く身に覚えがないのですけれど。わたくしが一体いつ貴女を傷つけてしまったのかしら」
「しらばっくれるな!証拠は残ってるんだぞ、見ろ!」
そう言って私に突きつけてきたのは一冊のノート。
『今日は池に突き落とされた。貴女には濡れ鼠の姿がお似合いよ、って』
『今日は足を引っ掛けられた。ユリウス様に近づきすぎなのよ、ですって』
そんなことがつらつらと並べ立てられていた。会ったこともないのに、どうしてここまでできるのかしら。いえ、そもそもこんなものを意気揚々と証拠として提示してくるのも滑稽ね。
……どうして、こんな男と婚約を続けていたのかしら。でもちょうどいい機会だわ。
「あらあら、ユリウス様ったらそんな紙切れを信じるのね。一国の王子、それも継承権第1位の御方が。この国の今後が心配よ」
「な…ッ、お前!よくこのオレにそんな口がきけたな!不敬罪として地下牢に入れることもできるんだぞ!だがまぁ、婚約破棄を受け入れてフィオンに謝れば許してやろう。さぁ、どうする?」
自分が正しいと信じて疑わないその真っ直ぐさは昔から変わらない。彼のそこだけは好ましく思っていた。でも、今この場面においては、対応を間違えたとしか言いようがない。
……辺りを見渡す。皆、ユリウスに懐疑の目を向けていた。でも隣の女に夢中の彼は気づいていないようね。
「分かりました。婚約破棄を受け入れましょう。それから、フィオン様。この度は誠に申し訳ありませんでした。――こんな男を押し付ける羽目になってしまって」
「レティシア……貴様ッ!」
ユリウスは顔を真っ赤にして怒り始めた。すると、観衆の中でかすかに笑い声が聞こえた。……よかった、周りの方たちは分かってくれてるのね。誰が正しく、誰が間違っているのか。
「ということですので、ユリウス様。今までありがとうございました。そしてどこのどなたか存じ上げませんが、フィオン様はご愁傷さま。どんな条件でも返品は受け付けませんわよ。……ほら、余興はおしまいでしてよ!演奏隊の方々も、せっかくの素敵な音色を邪魔してしまってごめんなさいね。さぁ、皆様はどうぞこの後も舞踏会を楽しんでくださいませね」
そう言って私は彼に背を向け、会場を去った。その後会場がどうなったのかは知らないけど、国王の怒鳴り声だけは会場の外からでも聞こえた。
◇◆◇
「――ってことがあったのよ。傑作よね」
「ハハッ、さすがレティ。やることが違うな」
よくやった、と爽やかな笑みを浮かべているのは、ベルトルト・ケインウッド。ケインウッド伯爵家の次男。
よくある話だが、両親の仲が良く、幼い頃からずっと一緒にいる、いわゆる幼馴染というやつだ。
成人した今でも、何かなくとも気が向いたらお互いの家に出入りし、それを咎めるものがいない、そんなとても心地のいい関係だ。
ベルトルト――否、ベルの王子然とした甘いマスクは見るものを恍惚とさせるが、私はすっかり見慣れたものだ。むしろ、そんな余所行きの顔を見ると笑ってしまう。
惚けていながらも温かな表情と、時折見せるニヒルな笑み。それが、私にとってのベルトルト・ケインウッドという男である。
そして今日もベルは私の家――アスター伯爵家の客間で寛いでいる。
「でもちょうどよかったね、あんな男と結婚なんてしてたら、お先真っ暗だったと思うよ」
「ほんとよ。唯一血の繋がった弟が病気がちだからって、自分が次期国王だってふんぞり返って好き放題してたもの。フィオン嬢の他にも、確かあと3人は囲ってる女がいるはずよ。あんなのが国を導くなんて……考えただけで鳥肌が立つわ」
王位継承権第1位はあの男だったけれど、第2位に2歳下の弟であるシリウスがいる。生まれつき体が弱く、一国の王たる器ではないとされているものの、能力は遥かに優れていた。
ベットにいる間は本を読み、少しでも体調が良ければ家庭教師に来てもらい勉学に励んでいた。
私も担当してもらった先生であったが、私より年下でありながら「じきに私では手に負えなくなりそうだ」と言わしめたほどだ。
「……そんな男だって知ってて、よくお前は今まで頑張ってきたよね。王妃教育、とんでもないスパルタだったし」
「あの日々のことは思い出させないで頂戴。全身の筋肉が震え出しそうよ」
あの日々――有難くも王妃直々に、王妃教育という名目のもと、領地の管理の仕方といった座学はもちろんのこと、なぜか王立騎士団とともにトレーニングをし、剣を交え、時には馬を走らせ、そこそこの男なら倒せるというほどまで鍛え上げられた日々。
この世に地獄があるとすれば、それはユリウスと結婚するか、王妃教育を受けるかというところだろう。……あれ、もしかしてどちらにしろ地獄?
ともあれ。
ベルは我が家自慢の紅茶――家令が10年かけて研究した究極の淹れ方のもと、その茶葉までこだわった結果、栽培まで手がけるようになったそれは、社交界では割と有名だったりする――に舌鼓をうちながら、ふと表情を消す。
「でも、少しは好きだったんでしょ」
「そ、そんなわけないじゃない」
髪を耳にかけて、少し考えた後、答える。
「あんな男、好きになるわけ……」
「じゃなかったら、ここまでこれなかったでしょ。小さい頃から頑張って、王妃になるんだって色々我慢ばっかして。……だから、さ」
ティーカップを置いて、ベルは私を真っ直ぐ見据える。
「幼馴染の僕にくらいになら、甘えてもいいと思うんだけど」
ベルは立ち上がり、腰掛けた私の目の前に立った。
「……ほら、おいで」
その一言に、私は陥落してしまった。王妃たるもの、常に本心は隠すべし。甘えるな、孤高の存在であれ。王妃からのそんな教育のおかげで、会場では何事もなく振る舞えたけれど、ダメだ。
私は椅子から立ち上がり、ベルの胸に飛び込んだ。勢いをつけすぎてベルは芝生に倒れ込んでしまったが、私にはそれを気にかける余裕がなかった。
「……今まで、頑張ってきたのよ。休みなんてほとんどない中で全てを詰め込んで、やっとの休みの日は寝て起きたら終わってて、少しも休まらなくて、でも王妃になるんだからって、もっと頑張らなきゃって、そう、思って……っ」
「うん」
「女癖は悪いし、口も悪いし、全然勉強してないから非常識だし、バカだし、でも昔から決められてたから仕方なく……ううん、違うの、好きだったのよ。ベルの言う通り、私はあんな男でも好きだった」
「……うん」
「…………もう、疲れちゃった」
ベルの温もりに包まれ、今まで隠せてきた本音がこぼれてしまった。……いけない、でも。
「今までよく頑張ったね」
そう言ってそっと抱き寄せられ、大切なものを愛でるかのような優しい手つきで頭を撫でてもらって――――
「あっ、お嬢様いた!旦那様がお探し、で…………って、あ、あの、えっと……お、お邪魔しましたぁ!」
「――きゃ、」
「待って!」
私を探しに来た侍女にこの場を見られ、自分の状況を思い出し、羞恥のあまり叫ぶところだったけれど、ベルが口を塞いできてそれは叶わなかった。
「レティ、これは違うんだ。いや、違くないんだけどまだ早いというか……」
「な、なによ。はっきり言えばいいじゃない」
「お、幼馴染だから!」
「……え?」
「そう、これは幼馴染だからだよ。うんうん。幼馴染のレティが悲しそうにしてたから、僕は幼馴染として慰めただけ。別におかしなところは何ひとつないでしょ?」
「え、えぇ、そうね、幼馴染だもの。抱きしめて、頭を撫でるくらい当然……よね?」
だって、幼馴染だもの……ね?
◇◆◇
「それで、レティシア。さっきのは――」
「ち、違うのお父さま!あれは幼馴染だから!幼馴染として婚約破棄のこと慰めてくれてただけ、ただそれだけなのよ!」
「あ、あぁ……なるほど、そういうことにしたのか」
分かった、と言ってくれたので無事お父さまも納得させることに成功した。幼馴染って便利。
「でもねぇ、レティシア。よく考えてもみて。ただの幼馴染にそんなことするかしらぁ?」
間延びした眠たげな声でお母さまも会話に入ってきた。すごくマイペースで穏やかな人なのだ、私のお母さまは。
「そう言われてみれば確かにそうね……幼馴染といえど」
「待て待て待て待て!そういうものなのだ幼馴染とは!ユフィはベル坊の邪魔をするな!」
ユフィ――お母さまは何故か怒られていたが、あぁ、そういうこと?となにか納得した様子を見せていた。
お母さま、お父さま。肝心の私が何も理解できていないのですが。
「コホン、では本題だが……レティシア。お前は王子殿下に婚約破棄を一方的に言い渡された。それも、たかがノートの記載なんていう信じるに値しない、証拠ともならない紙屑を掲げて、大勢の目の前で冤罪を被せて。相違ないな?」
「そ、そうね。合ってるわ」
言い方はすこぶる悪いけれど。
「王子殿下も目に余るところがあった、ちょうどいい機会と思うが……お前はこの先、どうしたい?」
「どう、とは……」
「せっかく王妃教育の一環と言って、領地の扱い方を王妃に教わったんだ。家を継ぐのもいいだろう。それとも、家の都合とは関係のない自由な結婚をして嫁に行くのか。大切な一人娘だ、今まで苦労をかけた分、これからのことくらいは好きにさせてやりたい」
自由な、結婚。誰にも決められない、相手を選べる恋愛。
そんな庶民的なこと、仮にも伯爵家ができるわけがない。
「お父さま、気持ちは嬉しいのですが……婿を取らねば、この家は私たちの代で終わりになってしまいます。冷静になってください」
「家のために他所から婿を取るとなれば、またお前に苦労をかけるだろう。養子でも何でも、やりようはある」
「それが貴族というものでしょうに。お父さまは甘すぎます」
「実はねぇ、わたしたちも恋愛結婚なのよぉ。お父さんがわたしに一目惚れしてねぇ」
「そ、その話は今度しよう!いや、できることなら話さないでおこう!」
両親の恋バナなんて気になるなんてものではない、めちゃくちゃ気になって夜も眠れなさそうだ。
でもお父さまは頑なに話したくないという雰囲気なので、今は諦めるしかなさそうだ。そのうちお母さまに聞いてみよっと。
「と、とにかくだ。貴族としての役目だとか、家のことだとか、そういうのは考えずに好きにしなさい。親として、これくらいはさせてくれ」
◇◆◇
他所からお茶会に呼ばれることもなければ、王妃からのお呼び出しがあるわけでもなく。何をするでもない日を数日過ごしたものの。
「……はぁ」
好きにしろと、言われましても。
家のため、国のため。今まではそれしかなかったけれど、その大義名分があったおかげで私はここまで頑張ってこられたのに、それをいきなり放り出されても。
「おや、今日もですか」
と、ベルが訪ねてきていたようだ。
「ノックくらいしなさいよ」
「したさ、何回もね。なんなら昨日も一昨日も顔は出してたよ。レティは気づいてなかったけどね」
思ったよりも深く思考の海に潜っていたようだ。気づかなくてごめんなさいね、と軽く謝った。
「謝らないでくれ、むしろ新鮮でいいものが見れたよ」
「人が落ち込んでるのにそんなこと言うなんて、ベルは悪趣味ね」
「落ち込んでるだろうと思って慰めに来てあげたんだよ。前回みたいにね」
前回。ベルに抱きしめられ、頭を撫でられたことだろうか。
……思い出しただけで顔が熱くなってきた。ただ幼馴染として慰めてくれてただけのはずなのに、どうして。
「やっと意識してくれたかな」
「意識……?」
「なんでもないよ、それよりさ。今日はレティを慰めるために……ほら」
ふと。口に何かを入れられた。
目眩がしそうなくらい馨しい香りと、舌に広がるしっとりとした甘み……チョコレート?
「最近貴族の間で流行っている店のチョコレートだ。たまたま手に入ったから、これはレティに食べさせてあげなくちゃって。少しウィスキーが入っているけど、そう強くないからレティなら大丈夫でしょ」
「……すっごく美味しいわ」
「でしょ?」
喜んでくれてよかった、と笑っているベルの顔が少しぼやけてきて、いつしかふたりになった。
「ふふっ、ベルったら。いつの間に分裂できるようになったのよ」
「分裂?」
「こんど、ぶとうかいでやりなさいよ。きっとにんきものになれるわよ」
「…………レティ、酔ったのか」
「よってないわよ」
「……酔ってるな」
しつれいしちゃうわね、ぜんぜんよってないのに。
「ちょうどいい……のか?後でレティには怒られるだろうけど」
「なんのはなしよ?」
「なんでもない。……それで、レティ。今度は何を悩んでいるんだい?」
「けっこんよ」
「……………………え?」
「けっこんするか、おうちをつぐかって」
「あぁ、びっくりした。僕以外となんて……それで?レティはどうしたいの?」
「……わからないの」
むこをとるけっこんはいや。わたしがいえをつぐの、おむこさん、いやがるもん。でも、けっこんしないとおうちが。それに、おうちのこともしたい。たのしかったの、おうひさまとのおべんきょう。
「なるほど。家も継ぎたいけど、そのためには結婚しなければならない。でも政略結婚で婿を取るのは嫌だ、と。レティらしいな」
――僕じゃダメかな?
「べる?」
「僕は次男だから家を継ぐ必要はない。兄さんは優秀だからね。だから婿に入れるし、レティがこの家を継いで領主になるなら、僕はそれを支える。どうかな、悪い話じゃないでしょ?」
べるが、だんなさまに。
「いいの?」
「もちろん。……でも、また明日。レティがちゃんと覚えてたら、かな」
「おぼえてる!」
「うん、僕も覚えててもらわなきゃ困るよ。じゃあ、今日はゆっくり休むんだよ。いつもの侍女を呼んでおくからね」
ふたりのべるは、でていこうとした。
でも、やだ。
「……レティ?」
「…………かえっちゃ、やだ」
べるのふくのすそをつかんで、かえろうとするのをとめた。
「〜っ、」
そしたらべるは、わたしをだきしめてくれた。
「おさななじみだから?」
「そんなわけあるか」
「じゃあなんで……」
「明日までこのことを覚えてたら教えてあげる」
「いじわる」
あぁ、ねむくなってきちゃった。
「レティ……キミは本当に小悪魔だな」
なにかが、ほっぺたにふれた。
なんなんだろう、いまの。あったかくて、やわらかかったな。
◇◆◇
翌朝。カーテンの隙間から穏やかな朝日が差し込み、いつも通りのふかふかなベッドで目を覚ました。
サイドテーブルにある水差しから水を飲み、ふぅ、とひと息ついて。
「やっばい、どうしよう…………」
昨夜のことはバッチリ覚えていた。
その上で、まずいことになったとかなり焦っている。
「あの感じだと今日また来るわよね?居留守をするかしらばっくれるか……」
「お嬢様ぁ!ケインウッドの坊ちゃんがおいでですよぉ!」
居留守は無理、と。
そうなれば、しらばっくれるしかない。
「分かったわ、今から支度するから客間で少し待っててもらって頂戴」
「いや、その必要はないよ」
ガチャン、と大きな音を立てて扉を閉めてしまった。
「レティ?」
怒ってる。めちゃくちゃ怒ってるわこの声。扉ごしに冷気が流れ込んできてるもの。
「じ、準備!そう、準備をさせて頂戴。今起きたばかりなの」
「ふぅん、なるほどね。分かった、客間で待ってるよ」
よかった。嘆息して扉から離れた途端、先程閉めたばかりの扉が向こう側から開けられた。
「ちょっ、」
「ねぇ、レティ。閉め出すのはひどくない?」
「ひ、ひどくないわよ!そっちがいきなり来たのが悪いんでしょ!」
「いきなりじゃないよ、昨日言ってあったじゃないか」
ね?と同意を求められたが、いけない。ここで肯定してしまっては、私が昨日のことを覚えているということも肯定をすることになってしまう。徹底的にしらばっくれるわよ。
「さぁ、何のことかしら。生憎と、昨日のことは覚えていないの」
「……ふぅん」
寝起きだから髪が好き放題に跳ねている。それを耳にかけて、私はベルを真っ直ぐに見つめる。
「じゃあ、これも?」
と、ちょうど今髪を直したとこで晒された頬に、キスをされた。昨日の感触が蘇り、一気に顔色は羞恥に染まった。
「な……っ、」
「裾をぎゅっと掴んで僕を引き止めるなんて、本当にレティは可愛いな」
「……っ」
「昨日みたいに抱きしめてあげたら思い出すかな。それとも、魔法みたいに唇にキスでもしたら……」
「〜っもう!分かったわよ!覚えてるわ!これでいいんでしょ!とっとと離れなさい!」
ごく至近距離にいたベルの胸を押すと、呆気なく離れていった。それが少し寂しい気もして。……そんなわけないじゃない。
「レティ、いいことを教えてあげる」
と、ベルは私の耳にかかった髪をさらりと撫でた。
「嘘をつく時、レティは耳に髪をかけるんだよ。気づいてた?最近だと、婚約破棄されたばっかりでまだ強がってた時と、今。覚えてないって言った時。子供の時からずっとだ」
気づいて、いなかった。癖だったんだろうけど、自分でも気づいてなくて、ベルはよく見て気づいていたのね。
「だからね、レティ。昨日の続き、言わせてくれる?」
「……うん」
ベルは私の前に跪いて。
「レティ、僕はキミのことが好きだ。幼馴染としてじゃない。ずっと前から、レティのことだけを愛してる」
――だから、結婚してください。
「……っ、喜んで!」
抱きつこうと思って飛び込んだが、受け止めきれずにベルは後ろに倒れ込んだ。
「いきなり押し倒すなんて、レティは大胆だね」
「ち、違うの!これは!」
「お嬢様ぁ、奥様がお呼び、で……」
「あなたも!違うのよ!」
「奥様ぁ!旦那様ぁ!ついにお嬢様と坊ちゃんが!」
「やめてぇぇえぇぇぇ!!」
◇◆◇
「ベル坊。随分と長かったな」
「わたしたち、ずぅっと待ってたのよぉ。ベルちゃんの方が、ぜーったいにレティを大切にしてくれるって分かってたものぉ」
「時間がかかってしまい、申し訳ありません」
「え、何よ。当事者が置いてけぼりなんだけど」
「むしろ今までよく気づかなかったな。我が娘ながら恥ずかしい」
「いいじゃない、あなたも最初は」
「ユフィ」
「はぁい」
私以外がすっかり意気投合したように話が進んでいるのが些か不満ではあるけれど。
お父さまもお母さまも、どうやらベルの気持ちを知っていて、それを密かに応援していたらしい。
「知ってたなら教えて頂戴よ!」
「教えるわけないだろう、面白かったんだから」
「まるで昔のあなたを見てるみた……むぐっ」
ついにお母さまは口を塞がれていた。気になるのに、お父さまとお母さまの昔の話。
「とにかく。ベル坊、なにか私たちに言うことがあるんじゃないのか」
「ほらほらぁ、早くしないと追い出しちゃうわよぉ?あまりにも腑抜けてるようならぁ、今後一切お家に入れてあげないわよぉ?」
さらりと冷たいことを言うお母さま。ちょっと怖いかも。
「…………お義父さん。お義母さん」
「お前の父になった覚えはない!娘はやらん!失せろ!」
「まぁまぁ、落ち着いて頂戴。肝心のところをまだ聞いてないわよぉ。ずっと言ってみたかったからってぇ、早とちりしすぎよぉ」
「……娘さんを、レティを。僕にください。月並みな言葉ですが、必ずレティを幸せにするとお約束します」
「絶対に娘はやら「喜んでぇ。大切にして頂戴ねぇ」……だ、そうだ」
◇◆◇
と、いうことで。
我が家ではトントン拍子に話が進み、ケインウッド伯爵家も愚息でよければ差し上げますとのことで、無事ベルは我が家の婿入りが決まった。
「じゃあベルの名前も変わるのね。ベルトルト・アスターって」
「いい響きだね。レティシア・ケインウッドでも良かったんだけど」
「そっちも魅力的だったから迷っちゃったわ。でもやっぱり、家を継ぎたかったのよね」
「分かってるさ。だから、今はお義父さんからたくさんのことを学んで、たまにお義母さんの優しさに甘えて、ふたりで良い領主になろう」
◇◆◇
程なくして、一人娘であるレティシア・アスターは、父より領主の席を譲り受けた。
初めこそ手探りであったが、しばらくすると安定した仕事ぶりを見せていた。
その頃、国王が退位し、第一王子が国王に即位したものの、彼は些か政には不向きな男であった。
税金は上がり続け、それが目に見える形で生活に還元されなかったため、国民の暴動は止まらず、王宮は荒れ、歴史に残る悪政となった。将来有望とされていた婚約者が王宮を去ったことも大きな要因であろう。
そんな中でもアスター領は堅実な経営をし、豊かな領地を守り続けた。
そこには、婿入りしたケインウッド伯爵家の次男、ベルトルト・アスターの支えが大きく関係している。
ふたり揃って良い領主であり続け、死がふたりを分かつまで、仲睦まじい良き夫婦でもあった、と領民は口を揃えて語ったそうな。
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