表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/102

宙賊連合


 壁や柱、至る所に錆が目立つ倉庫らしき場所を筋肉質な体つきをした大男が見下ろしている。倉庫の内部はとても大きく、2、3軒の家がまるごと入りそうな広さだった。この倉庫は、かつてこの惑星ナーロウで使用する資材や、土産物などの商品をたんまりしまい込んでいた場所だ。だが、今はそういった商品の収められたコンテナは影も形もなく、石の塊や倒木が不規則に積み上げられている。


 男の視線の先には、倉庫の左右に分かれて男女が立っている様子が見えた。

 

 左の男たちは青色のバンダナを頭に巻き、一方、右の女たちは赤色のバンダナを身につけていた。そして、彼らの手には粗雑な作りの銃や刃物がある。


 倉庫の天井近くには窓があり、人種も服装も様々な人々が何かを期待して足元を見下ろしていた。しばらく倉庫はざわついていたが、「ビー」というブザーの音が鳴ると、何かの合図だったのか、倉庫は奇妙なほどに静まり返った。


 そう、彼らが待ち望んでいたものがついに始まるのだ。

 音の割れた陽気なラテン風の音楽が倉庫を満たし、おどけた調子のアナウンサーの声がどこからともなく流れてくる。


『レディース……はいねぇからジェントルマンども!!! ――本日のマッチは見ものだぞ?! ブルーチームは歴戦の傭兵、ペスト団の「ゲロゲロ」と「激臭」の毒ガス殺法コンビだ!!』

「「ワァァァァァ!!!」」

『レッドチームは蛮族のチャンピオン「ゴキブリ」と、あー、何て読むんだコレ? トンヌヴォ? ――まあいい、とにかく蛮族の二人だ!!!』

「「ウォォォォ!!!」」


 アナウンサーが周囲の歓声に負けない大声で、眼下にいる者を紹介する。そう、ここはただの倉庫ではない。命のやり取りを娯楽とする「闘技場」なのだ。


 アナウンサーが眼下の闘士たちを紹介すると、それを聞いた観客たちは興奮して足踏みを始める。ドンドンという雷鳴に似た音は次第に早くなり、それがさらに観客たちの鼓動と重なり、興奮を加速させた。


「閣下、どちらに賭けますか?」


 観客たちの興奮をよそに、静かに闘いの場を見下ろす大男。そんな彼に背中の曲がった小男が話しかけた。小男はまばらに生えた白髪に、左右の大きさが違う眼球といった容貌で、直視に耐えない(ひど)く醜い顔をしている。


「……」

「これは失礼、まずワタクシの考えですが……僭越(せんえつ)ながら、ペスト団かと愚考いたします。あの者たちの使う汚染ガスは一息吸うだけで人間を失神させます(ゆえ)


 ケヒヒと笑う醜男(しこお)だが、大男は彼に一瞥(いちべつ)もくれずに短く答えた。


「――そうだな、その《《一息》》があればな」


『試合開始イィ~~~!!!』


 ゴングの音と共に、倉庫に赤と青の布がひるがえった。


 まず先に動いたのはペスト団だ。ガスマスクからモヒカンを覗かせる「激臭」は、懐から緑の蛍光色のカプセルを取り出すと、金属部分を目の前にある石の塊に叩きつけて放り投げた。


 「激臭」は石に叩きつけることで、カプセルの安全装置を破壊したのだ。

 緑色の煙が放物線を引いて飛んでいき、ポンという気の抜けた爆発音と共に倉庫の三分の一を怪しげな煙が満たした。


 そして相棒の「ゲロゲロ」はこの煙を有効に使うために牽制を行う。

 彼の仕事は煙の中に敵を閉じ込めることだ。


 手に持った銃の二脚を開いて適当な足場に固定すると、前方に向かって猛烈な射撃を始めた。ゲロゲロは蛮族のチャンピオンを釘付けにするつもりなのだ。


<PAPAPAPAPAM!!!>


 前に進めば銃弾で貫かれる。そして銃弾をやり過ごそうとすれば、毒ガスを吸い込んで死に至る。これがペスト団が得意とする毒ガス戦法だった。


『おーっと!!! 無慈悲すぎるぅ!!! ペスト団の連中、後で毒ガスの掃除するやつのことも考えろよぉ~~?!!!』


 アナウンサーの声に「ゲロゲロ」は邪悪にほくそ笑んだ。なんだろうとお構いなし。これが俺たちの流儀だと言わんばかりだった。しかし、その笑みは次の瞬間、時が止まったように凍りついた。


 「ゴキブリ」と「トンヌヴォ」、蛮族のチャンピオンの二人が、猛毒の煙の中から飛び出してきたのだ。彼らは空を切る銃弾も怖れず、槍を地面と水平に構えてまっすぐ突っ込んでくる。


 行動も異常だが、彼らの姿も異常だった。トンウヴォの全身は青白い鱗が浮き、額には角が生えている。焦ったゲロゲロは目の前の存在に銃弾を叩き込むが、粗悪な銃弾は鱗を貫くどころか、表面で火花となってバチリと弾け飛ぶだけだった。


「なッ、グァ……!!」


 ゲロゲロの背中に血濡れた槍が生える。

 一息に心臓を貫かれた悪党は、二の息も継げずに即死した。


「クソアマ!!! よくも相棒を!!!」


 相棒の死を見届けた「激臭」は腰にさしていたショットガンを引き抜くが、それの引き金が引かれることはなかった。横から突撃してきた黒い物体に踏みしだかれ、物言わぬ肉塊になったからだ。


 黒い物体の正体は、「ゴキブリ」だ。しかしその姿は台所の黒い悪魔には似ても似つかない姿をしていた。


 黒い毛皮に覆われた鳥とライオンの混ざったような四脚の体躯に、タカの首を生やしたその姿は、ギリシャ神話に出てくる怪物、グリフォンを想起させる。


 そして他方、彼女の相棒の「トンヌヴォ」は――

 爬虫類の鱗と骨の角を生やし、尻には長くしなやかな尻尾を持っている。彼女の姿もまた、神話で語られる幻想生物、ドラゴンを思わせす姿だった。


 銃声の音が止んだ闘技場はひっそりと静まり返っていた。あるいは圧倒的な虐殺、あまりにもあっけない幕切れに拍子抜けしたのかもしれない。


 静寂の中、彼女たちはペスト団の使っていた武器を取り上げる。生暖かい湯気の上がる臓物と血にまみれたそれを高く掲げると、この闘いの勝利を宣言した。


「「ウオオオオオオォ!!!」」

『お客様のなかにお医者さまは――もう手遅れか……肉屋さんはいますかぁ~?』


「閣下、あの蛮族ども、あ、あれは一体?」

「あれは混種(モーフ)だ。」

「モーフ、ですか?」

「そうだ。この星ナーロウには遺伝子操作で作られた生物が存在することは、そちも知り得ておるな?」

「はい。ドラゴンやグリフォン、そういった存在が居るのは存じあげております。しかしあれは……」


 困惑する醜男の言葉を大男は継ぐ。


「どう見ても人だった、そう言いたいのだな?」

「は、はい」

「混種は人間とそれら生物のハイブリットだ。そしてどちらの形態もとれる」

「人の姿をとれるように? なぜわざわざそんなことを」

「ナーロウはあくまでもテーマパークだ。人の姿を取れないと、ゲストを接待するのに不都合だとおもったのだろう」

「ああ……《《接待》》。なるほど、理にかなってますな」

「まったく、業の深いものどもよ」


 彼らが蛮族のチャンピオンについて語っているその時だった、彼らの背後の扉が開かれ、息を切らした手下が飛び込んできた。


「星王さま!!! 一大事にございます!!」

「なんだ貴様は、無礼ではないか!!」

「よいよい。何があった、落ち着いて語ってみよ」


 大男は手づからコップを取り、水差しから清水を注いで手下に手渡した。トゲのついた服を着た手下は、何をそこまで恐縮したのか、体を縮こませてコップを受け取ると、おそるおそる飲み干した後、口を開いた。


「ゴブリンたちの一団、『カゲキな泥棒一家』が壊滅しました。墜落者ギルドどもの縄張りで、ゴミ拾いをしていた連中です」

「何だ! その程度のことで星王様のお耳を煩わせようというのか!!」

「よいイゴール。報告に来たということは、何かあったのだな?」

「はい、生き残りによると、『ビリビリ』をくらったと」

「なるほど『電気』か。下がってよろしい」

「ハッ」


 報告に来た手下はイゴールに尻を蹴られながら、追い出されるように部屋を後にした。星王と呼ばれた大男は、そんなイゴールをたしなめたが、イゴールときたら、どうにも腑に落ちない様子だった。


「閣下、あの報告の何がそんなに大事なのですか?」

「わからんか? 墜落者ギルドの中に、電気を使えるものがいるということだ」

「電気なら我々も使っているではないですか」

「ああそうだ。チカチカとして、いつ切れるかわからない不確かなものをな」

「バチバチしてドッカン、電気なんて恐ろしいことばっかり! ええ、電気なんざ全くロクなもんじゃないですよ!」

「電気、それ自体は問題ではない。なぁイゴール。我々『宙賊連合』がここに居を構える理由は何だ?」

「それは……この惑星ナーロウが、連邦から姿を隠すのに最適なド田舎だからですよ。こんな田舎にまでやってくるパトロール隊なんか居やしません」

「そうだ。それはこの星の通信網が完全に途絶しているからだ。しかしもし連中が電気を手に入れ、他の星と交信を始めたとしたらどうなる?」

「あっ……それはいけません、いけませんとも!」

「ようやくわかったか。墜落者ギルドの連中には、文明の光のない世界、暗黒の中に居てもらわないと困るのだ。それが我々の支援者の意向でもあるしな」

「ですが、墜落者ギルドの連中は結構強いっていうじゃありませんか。オーク共を仲間に引き入れて、銃も持ってますよ!」

「ふむ、たしかにそうだな……だが」


 星王はイゴールの横を通り過ぎ、窓に近寄ると、闘技場を見下ろした。


「ちょうど良いのが居るではないか」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ