天界
僕がピヨン君に、【天からの挑戦状】の攻略をお願いしていたのは、まさにこの、攻略の証のためだった。攻略の証は、そこに名前が刻まれ、その本人以外が所持しても何の意味を為さない。だからこそ、購入しても意味はなく、自分で正規の方法で入手するしか無かったのだ。
【天からの挑戦状】のダンジョンの攻略の証を持っていると、この世界のとある機能を使うことができるようになるのだ。
それが、この学園都市の中心部にある、【天空エレベーター】である。
ゲームでも相当目立っていた建造物だったが、実際に見てみるとこれほど立派なものだとは。どこまでも高く聳え立っていて頂上がまるで見えない。
僕とルシーはそのエレベーターに手をかざす。
すると、体が吸い込まれるような感覚がして、いつの間にか僕たちはエレベーターの内部にいた。
エレベーターは勝手に上がっていく。
ものすごいスピードで上がっていくが、全くそんな気がしない。中は快適そのものだ。ご丁寧に椅子や飲み物まで用意されている。
僕とルシーは隣同士で椅子に腰掛けた。
「ルシー、これから【天界】についたら、面接のようなものが行われるんだ。そこでは色々聞かれるけど、僕に任せておけば問題ないよ。害意が無いことを示ればそれで大丈夫だからね。」
「うん。分かった。」
程なくしてエレベーターが止まり、気付いたら幻想的な見た目をした廊下のような場所にいた。
表現するなら煌びやかな水色。だが、角度を変えると赤色に見えたり白色に見えたりする。とても綺麗だ。説明などなくても、ああ、ここが【天界】なのかと理解できた。
廊下を進んでいくと、部屋にたどり着いた。そこには、天界の住人と思わしき2人組が、お辞儀の姿勢で待機していた。
2人とも女性だ。1人は【天使】、もう1人は【悪魔】だ。
【悪魔】の子が言葉を発した。
「ようこそしらっしゃいま、、ま!?し!え、神様でございますか??」
最初こそ、優雅で気品を感じる喋り方だったのだが、【悪魔】の子が顔をあげ、こちらを見るや否や様子が変わった。
今度は【天使】の子が喋り出した。
「ちょっとお姉ちゃん、失礼が無いようにって言われてたでしょう。まったく。ごめんなさい、失礼いたしま、、え。。。すごい、これって夢?神様がいる。同時に2人も、、。」
「ね!だから言ったでしょエンジュちゃん!どうしようどうしようこんなの聞いてないよ〜」
うーん?あー、分かった。そういえば思い出した。ゲームの時の設定を。例え相手が力を制限していても、【天使】と【悪魔】種は相手の力量が分かる、みたいな説明が書かれていた気がする。
つまりは、この子達には分かるのだろう。僕とルシーの本当の強さが。
「えっとその、わたしは【悪魔】族のイブっていいまして、【天界】の案内人といいますか、面接官といいますか、そういった者になりましゅ。」
「お姉ちゃんそういうのいいから、“なりましゅっ”てなに?かわい子ぶってるの?」
「ええ、違うよ。緊張して噛んじゃっただけだもん。」
「まったくお姉ちゃんは、、。申し訳ありません。私は【天使】のエンジュと申します。【天界】の案内人です。よろしくお願い致します!」
この仲良し姉妹は、姉の方が【悪魔】のイブ、妹の方が【天使】のエンジュというらしい。
先程からコントのような展開が繰り広げられているが、この2人、めちゃくちゃ強い。さすがは【天界】の住人だ。
僕は少し気になって、2人に尋ねてみた。「ねー、イブさんとエンジュさんはさ、希望して案内人の仕事をしているのかな?」
「神様にお名前呼ばれちゃった、きゃっ」
「あー!かわい子ぶってるのはエンジュちゃんの方でしょ、もー!」
そしてイブさんがこちらを向き、言いづらそうに少し小声でつげた。
「あ、ごめんなさいえっと、その、本音を言うとその、、。」
「もういいじゃんお姉ちゃん、どのみち神様にこんな態度とっちゃった私たちは消されるんだから。最後くらいお話し聞いてもらおうよ〜」
「エンジュちゃん、、やっぱり私たち消されちゃうのかな、うぇーーん。神様、エンジュちゃんだけでも見逃してあげてください、、。」
なんかとてつもない方向に話が進んでいる気がする。
「僕たちは神様でもなんでもないよ。それに、消すなんてとんでもない。むしろ2人に興味が湧いてるよ。敬語とかやめてさ、ざっくばらんにお話ししよう。」
「「や、やさしい、、。」」
それからというもの、僕たちの会話はとても盛り上がった。いや、正確にはエンジュとイブの会話が、だが。
「だからーー、お姉ちゃんがそんなだから、【案内人】押し付けられちゃったんだよ!」
「でもでも、エンジュちゃんだって、いろんなお偉さんから求婚されちゃって、このままでは【天界】が危ういとかで【案内人】に飛ばされたんじゃんー!」
「それはわたしが可愛くてあざとくて可愛すぎたからでしょ。勝手に惚れたのはあっちだし、わたしは悪くないし〜。お姉ちゃんなんか、せっかく【悪魔】に生まれたのに攻撃スキルのひとつも覚えられなくてお料理ばっかり作ってるからお家を追い出されちゃったんだよ」
「だってわたしはお料理とかお野菜育てるのが好きなんだもん!戦いとか嫌だし興味もないもん!」
勢いに任せて本音を喋った2人は、一旦落ち着き、そして深いため息をついた。
「私、【天界】向いてない。窮屈だよ。」
「私も。頑張ってたつもりだけど追い出されちゃったし。」
よし、決めた。本当はいろいろと【天界】を見て回りたかったけど。
「じゃあさ、逃げればいいよ。」
「わ、私も逃げれるなら逃げたいよ。でもどこに行けば、、。」
「僕たちの仲間になってよ。安全なところに案内するからさ。」
イブさんもエンジュさんも驚いている様子だ。
「え、私なんかを仲間にしてくれるの、、?わたし【悪魔】だけど戦えないよ?呪文もできないよ。それでもその、いいの?」
「わたし、仲間になりたい。身も心も捧げます。私を連れ去って。」
「ちょ、エンジュちゃん、ズル、じゃなくてはしたないよ〜、いきなりそんな」
「じゃあお姉ちゃんはその覚悟がないわけ?」
「わ、わたしはその、恥ずかしいというか、でも、わたしのことを仲間にしてくれるの嬉しいし、うん、そうだよね、よし。あの、わたしのことも好きにしてくらさい!」
「だからー、“くらさい”って何?お姉ちゃん狙ってやってるよね?」
「ちがうもん!噛んじゃったの、揶揄わないでよ、、。」
またすごい方向に話が進んでいるが、まあとにかく仲間になってくれるということだろう。
一応ルシーの方を見てみる。不安になっていないかどうかの確認だ。僕はルシーひとすじだから大丈夫だよ〜と伝えようとしたのだが、、。
ルシーの表情を見るに、全く問題なさそうだ。ルシーからの信頼のなんと分厚いことだろう。でも、それもそうかもしれない。3歳から、いや正確には0歳の時からずっと一緒にいて(前世は除く)、ずっと濃密な時間を過ごしてきたのだ。
生きるか死ぬかの戦いの瞬間も、魔境で身を寄せあってサバイバルした日々も、ランク5に至るために、飲まず食わず寝ずで5年間過ごし続けた狂気の日々も。
ルシーは、ぼくにとって絶対的な、唯一無二の存在である自覚があるのだろう。
エンジュは、そんなルシーの方を見て、何やら呟いていたが、流石に小声すぎてよく聞き取れなかった。
さてと、そうと決まれば早速2人を連れて帰ろう。
「な、なにがおきてるのー!やっぱりおかしい、この人たちおかしいよーーー!」
「ちょっとお姉ちゃんうるさい!
すごーい!こんなことできる人、見たことない!しかも【人間】なのに!エンジュ、すっごく興味湧いちゃったなあ〜。」
恒例の海上ダッシュをしているところだが、イブさんもエンジュさんも、それぞれ盛り上がっているようだ。エンジュさんは必要以上にくっついてくる気がするが。というか絶対わざとである。
こうして無事【天界】の住人である【悪魔】のイブと【天使】のエンジュを連れ帰ることができた。
まだまだ作りかけだが地下帝国をみた2人は完全に言葉を失い、驚いていた。
特にイブさんには、ずっとここで暮らしてもらおうと思っているので、早めに慣れてほしいところだ。
少し振り返ろう。
魔境を出てそれぞれの大陸を巡った。そして、想像の何倍も心強い仲間達を集めることができた。特に、みんなの成長意欲、その貪欲さに驚かされた。僕が求めるもの、そのものである。ピヨン君のおかげでスムーズに、【天界】への切符を手にすることができ、そこでイブとエンジュを仲間にすることが出来た。
ついに、というべきか、こんなに早く、というべきか。僕の欲しかった仲間たちはこれで揃ったことになる。
もちろん今後もどんどん、“地下帝国の住民”は増えていくことになるだろうが、“仲間”という枠はもうこれで締め切りだ。
改めて、素晴らしい仲間を得ることが出来たと思う。仲間になってくれたみんなと、そしてずっと一緒に各地を回ってくれたルシーに感謝である。