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英雄

「サイエン、私も行ってくるね。私は第2層にいく。」



「な、な、なにを言っているんだクリート!!ダメに決まっているだろう、あそこには化け物がいる、もし攻撃されたらクリートが!」


サイエン、好き、好きだよ。大好きだよ。


「サイエン、私のことがそんなに心配なの?ほんとに可愛い。出会った時からずっと、そして今ではもっと好きになっちゃった。」


「それは僕もだよ!だからダメだ、行っちゃだめだよクリート。君にもしものことがあったら僕は、、。」


サイエン、わたしはあなたが好きなの。だから、、。


「知ってるよ。サイエンは私がいないと生きていけないからね。だから大丈夫、私がサイエンのことを残していなくなるわけないでしょ?」


わたしは死なない。わたしはこれからも、サイエンの隣で幸せに生きていくのだから。


「あれは私でなければ直せない。もう一度使えるようにしてこなきゃ。サイエンは、それを確実にあの化け物に当てることを考えて。」



それ以上の言葉は不要だった。サイエンだって本当はわかっている。わたしが一度決心したら、絶対に曲げることなど無いということを。



泣きそうになりながらわたしを送り出すサイエンを見て、何があっても生きて帰ろうと心に誓った。



第2層に向かう私は至って冷静だった。最高効率の作業手順を頭の中で組み立てていく。同時に、【気】を練り上げ、薄く硬く身に纏う。


それ以外の【気】は一切体から漏れないように閉ざした。


これで気配はほとんど消し去ることができたはずだ。



第2層に着く。


サイエンがシャルルに伝えてくれたおかげで、修理する防衛機能の付近に化け物はいない。


よし。やるか。



私は決して焦らず、音を立てず、最速で修理を行なっていく。


それだけではない。修理のパーツごとに【気】を練り込んでいく。やり方は、シャルルのリンクを作った時と似ている。


これでかなり威力は上がるはず。



そして修理が完了する。


「おっけい!修理完了。そっちに戻るね。」

わたしは小声で通信をいれる。


あとは戻るだけだ。


音を立てずにそっとその場を離れる。



しかし、、。



「クリート!あぶない!!!化け物がクリートの方に向かってる!!急いで!」



私はそれを聞いてすぐ、【気】を全開で出力し、足に多くを纏わせた。そして全力で走り始めた。エレベーターまでは少しだけ距離がある。


振り返らずともわかる。化け物が迫ってきている。このままではまずい、どうする。


一旦、防御の構えを取るか?


いや、あの化け物の攻撃を喰らって無事に済むとは思えない。


どうしよう。考えるんだ、私。



そんな時、意外な人物がそこに現れた。


イブだった。


イブは何やら大きなカゴを持っていた。


そしてその中身を一気にばら撒いた。


黄色い粉があたりに吹き荒れた。


化け物はその粉塵の中に突入すると、途端に苦しそうな呻き声を上げた。



「今です!逃げましょう!」


普段のイブの態度とは全然違っていた。凛々しくて冷静で、頼もしい。それはまるで、私を守ろうとしてくれている時のサイエンのようだった。


イブありがとう、本当にありがとう。

あなたのおかげで、私はこれからもサイエンの隣にいられます、、。


しかしそのお礼も満足に言えぬまま、イブは走り出した。


そして第9層の音声拡張機に向かってイブが叫ぶ。


「シャルルさん、私が直接見てきてわかりました!その魔物の弱点は、翼の付け根と、背中の中心にあります!」



イブには、相手の実力を見通す力がある。そこまではエンジュと同じだ。


しかし【悪夢】族には特に、目を凝らせば弱点を見定めることが出来るという。


イブは命をかけて私を救い、命をかけて化け物の弱点を見に行った。


怖いものが嫌い、戦いも嫌い、プレッシャーがかかるのも嫌い。そんなイブが、自分から行動したのだ。



そして映像では、超災害級の魔物を相手に完封しているバートルが映っている。


第4層、第5層の住民たちは、誰1人怯えていない。こちらに文句の声をあげることもない。その目線は、シャルルに注がれている。


第2層では、実際にシャルルが果敢に化け物と戦っている。ネックレスが眩い光を放ち、シャルルに大きな力を与え続けている。


あまりにも、美しい。


住民たちがシャルルに釘付けになるのも当然だ。


住民たちの中には、シャルルによって何かしら人生を救われた者も多くいる。彼らのシャルルに対する印象はきっと、いつも余裕に溢れ、気立てのいい、面白くて優しいお姉さんだっただろう。


それが今では地下帝国の全てを背負って戦っている。あの小さな体に、一体どれほどの強さが、重みが、願いが詰まっているのだろうか。



種族も出身地も全く違う、本来は関わることさえなく人生を終えるはずだった多くの人が、今こうして集まり、同じものを見ている。


ああ、私たちって、、、最強だ。



まだまだ規模は小さいけど、こんなに強い国は見たことが無い。みんなが役割をもち、誇りをもち、勇気を持っている。

 それぞれに強い個性や譲れない考えがあり、普段はみんな自由奔放に生きている。しかし必要な時にはこうして最高の連携ができる。




わたしは少し前のことを思い出していた。


ある日、シャルルさんは言っていた。


「フリーリングや。うちが勝手に決めた名前や。」


「フリーリング、、いい響き!どういう意味?」


「兄さんたちが集めた仲間はみんなクセが強いねん。誰にも縛られず自由奔放や。それは兄さんの方針でもあるんよ。けどな、誰か1人欠けただけで完璧じゃなくなんねん。みんなが互いに補い合って、輪のように循環してるんよ。」


わたしはなるほどと思った。だからフリーリングか。しかしそれよりも私は、珍しいなと思った。だからちょっと揶揄いたくなってしまった。


「シャルルってそんなに真面目な感じなことも言うんだね〜!」


「な、クリートはん!それは失礼なんちゃう?うちは、いーーっつも真面目やんか。」


シャルルらしい返しだ。


「はいはい、無理難題をさらっとお願いしてきたり、緊迫した状況でも冗談ひとつで乗り切ったり、けろっとした表情で世界中の商会を掌握したりしてるけどね!」



「照れますわあ。まあでもうちもな、地下帝国を作ってくれたクリートはんに感謝しとるんよ。だから真っ先に筋を通しにきたんやで。地下帝国の名前のことやからな〜。」


そういうところもシャルルらしい。勝手に名前を決めたと言いながら、実のところ私に確認するために来たのだろう。私がダメと言えば、なんだかんだ言って変更する気だ。


「私はフリーリング気に入った!地下帝国が完成したその日に、みんなに伝えよう!」


とはいうものの、2人で決めてしまっていいのだろうか?

そんな私の疑問を悟ったのか、シャルルは言った。


「兄さんは名前なんてなんも気にせんからな。勝手にいつのまにか決まってても大丈夫や。」


私は思った。


なんという信頼の厚さ。普通ここまで断言できるものだろうか。


そもそもこの計画自体、仲間を集めることだって全てあの2人から始まったことのはずだ。その地下帝国の名前を、勝手に決めても大丈夫と言い切るためには、いったいどれほどの、、。



そうか、シャルルさんはきっと、大好きで仕方ないんだ。そしてその思いの強さは、下手したらルシーさんをも超えているかもしれない。


そうだ、そう考えれば全てがつながる。



私は我に返り、映像に映るシャルルを見た。



私は、先程、化け物に立ち向かおうとするシャルルに対して思った。一体どこからその勇気が、強さが溢れてくるのかと。


そして今もこうして、力の限りを尽くして化け物と戦っている。ちょっとでも気を抜けば命は無いだろう。それほど高レベルで苛烈な戦いだ。


その原動力はどこにあるのか、私にはその答えが見えた気がした。


そしてシャルルは化け物を倒し切った。完全勝利と言っていい。


歓声の渦が巻き起こった。



地下帝国はこれからさらなる飛躍を遂げるだろう。もちろん私も地下帝国の強化に全力を尽くす。


私は確信した。この地下帝国が、世界の中心となる日がくる。


だが今はまだ、隠れる時だ。


完成の時までこっそりと作るように言われた意味が、はっきりとわかった。


完成してしまえば、もう何にも負けないからだ。


それは、世界の何にも従わなくていいということを意味する。


自由で最強の国の出来上がりだ。



そうなる数歩手前を突かれた魔物の襲撃。


その1番強大な化け物をほとんど1人で倒し切ったシャルルはまさに、地下帝国の英雄だ。



よし、シャルルの銅像を建てよう。


なぜか私の頭には自然とその発想が浮かんできた。



そして切に願う。


シャルルとルシーが争うような未来が来ないことを。

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