石の上にも
彼女を仲間にしてからの日々は、今までとは違った種類の刺激的なものだった。
仲間がいて、一緒に成長するのはこれほどまでに素晴らしいものだったとは。
熱血な少年マンガを読んでも特に感動するようなことは無かった。それは、いまいち共感できなかったからなのかもしれない。
いい人であり、面白くて明るい人たちが、手を取り合って頑張っている姿に。
そのノリ、テンション、溢れ出る自己肯定感、そういうのについていけないなー、というちょっとした疎外感。
一緒にいたら疲れるだろうな、とそんなことを思ってしまうのだ。
でも彼女は違った。
どんなきつい訓練にもあっさりついてきた。もちろんキツそうな表情もするし、実際に辛いだろう。でも彼女は泣き言のひとつも言わなかった。
ちなみに彼女のことはルシーと呼んでいる。
彼女が、そう呼んでくれと言ったからだ。なぜにルシー?と思ったが聞かなかった。
彼女がそう呼ばれたいというならそれでいいのだ。
彼女が【気術】ランク1を発現したのはあっという間だった。僕が頻繁に彼女に【気】を纏わせていたというのはもちろんあるが、それよりも、元々の彼女の資質によるところが大きい。
ルシーは天才だ。そして鋼の精神を持っている。冷静で淡白で落ち着いているのに、どこからそんな熱意が湧いてくるのだろうか。
そんなルシーだが、【気術】ランク2に至った時の喜びようは目を見張るものがあった。
飛んだり跳ねたりわかりやすく喜んでいたわけではない。それでもみていれば分かる。彼女がどれほどの思いで【気】の訓練を続け、やり遂げたのかということが。
ランク2に至った後は、2人ならではの訓練を開始した。そう、【気】を用いた戦闘訓練だ。ゲームでは、キャラクターレベルや、スキルランク、装備の強さ、アイテム、そしてプレイヤーの操作スキルによって強さが決まったわけだが、現実では違う。
スキルの扱いに慣れ、戦闘で扱えるようになる。そういう、目には見えない熟練度も、強さに影響する。
だから、この過程をおろそかには出来ない。
深夜、誰にもばれずにこっそり、音も立てずに戦闘訓練をする。時々見回りにくる黒服の男たちの気配を察知し、【気】をあえて希薄にして、物陰に隠れてやり過ごすのも、訓練の一貫である。
至って真剣な訓練だが、ルシーと一緒にやるとドキドキもするしとても楽しいというのは秘密だ。
2人とも十分に【気】を扱えるようになったことを確認し合うと、僕は言った。
「ルシー、そろそろ施設の外にも出てみようか」
施設の外、それは魔境だ。これは、世界中どこでも危険だ、という意味ではない。この契約奴隷の育成機関の施設が、魔境に建設されているのである。
要するに、危険度が高い場所ということだ。
ルシーもそれはわかっている。それでも。
「うん。行く。一緒に行こう。」
可愛いですね。はい。
怖くないの?なんていう質問はしない。スキルを得て、ランクも上がって、増長しているのか。いやその心配もない。
ルシーは全くそんなことが無かった。おおよそ子供らしくない。大人でも調子にのるほどのことなのに。
僕たちに、それ以上の言葉はいらなかった。
みんなが寝静まった深夜、僕とルシーは施設の外に出た。
森だ。
見渡す限りの木、木、木。
深い深い森だ。
どんな化け物が潜んでいても不思議ではない。いや、実際にいる。ここは魔境。強力な魔物が棲まう場所。
でも、施設の近くだけであれば、警戒を怠らなければ大丈夫。
倒せる魔物だけを、2人で協力しながら倒す。決して複数は相手にしない。強そうな気配を感じたらすぐに施設の防御壁の内部に戻る。
熊のような見た目をした、レッドアンガー。
2人で協力すれば、2対1なら勝てる魔物だ。
僕とルシーは阿吽の呼吸でレッドアンガーに攻撃を入れる。
武器も防具も必要ない。
武器は【気】であり、防具も【気】である。
ルシーのすごいところは、魔物を見るのも戦うのも初めてのはずなのに、全く臆していないところだ。教えた通り、いや教えた以上に的確に戦っている。
むしろ、ゲームで見るよりも遥かに圧倒的な威圧感を誇る魔物相手に、ちょっと驚いていた自分を恥じたい。
しかし驚いたのも固まったのも一瞬だけだ。僕はルシーと世界1になる。
だからこんなところでいちいち止まっていられない。慎重かつ大胆に。
最初は素早く動き回っていたレッドアンガーも、数え切れないほどの攻撃を受けて今では虫の息だ。
最後の一撃はルシーだった。【気】を濃密に載せた回し蹴りだった。
華麗なその姿に見惚れていたが、ぼやぼやしている暇はない。
魔物を倒した瞬間、その周囲にその魔物が所持していた【気】が蔓延する。
それをごっそりいただくのだ。
僕とルシーは、魔境の魔物からたくさんの【気】を取り込んだ。
途端、胸が苦しくなる。今までとは違う、獰猛な【気】。ゲームではこんな設定は無かった。何だこれは。体が動かなくなる。
いや、もしかしてあれか、魔物を倒して【気】を吸収するとき、キャラクターがしばらく固まったことがあった。討伐完了、というメッセージが表示されるので、それも含めて単なる演出なのかと思っていたが、、。
ルシーは大丈夫か?と思い目線を向けると、ルシーも同様に苦しそうだった。
5分ほどそうしていただろうか、少しずつその獰猛な【気】も体に馴染んでいき、やっと普段通りに動けるし、喋れるようになった。
「大丈夫?」
ルシーは真っ先にこっちの心配をしてくれたようだ。
「うん、ルシーも平気?」
お互いの無事を確かめ合った後、早速実験すべきことがあった。
先ほどの獰猛な【気】を操ることだ。
早速やってみる。そしてそれは、驚くほど簡単だった。さっきまで暴れ回っていたそれが、今では自分の手足のように操れる。
より遠くまで、より素早く、より堅固な【気】を伸ばせる。
これで攻撃力が上がったのは間違いない。
ゲームでは分からなかった仕様を知れたのは非常に大きな収穫だ。
こうして、4歳の終わりまで、深夜帯の魔物狩り生活をつづけた僕たちは、【気術】のランク3に至った。
これほどの速さでランクを上げられたのは、やはり操ることのできる【気】の種類が増えたことが大きい。
攻撃力に貢献する【気】もあれば、素早く体を動かすことに長けた【気】もある。堅牢な守備力を発揮する【気】も獲得した。その度に僕もルシーも苦しんだが、強くなるためなら何でも我慢できた。
少年マンガ風にいうなら、2人だからこそ乗り越えられたというやつかもしれない。
こうして、より早く、安全に、効率よく魔物を狩れるようになったことが1番大きな要因だろう。
ランク3に至った時それぞれの【気】がふたたび荒れ狂い、まるで大型台風の中、裸で走り回っているような、右も左もわからない感覚になった。
まぶしいなんてものではない、カラフルな光に包まれ、僕とルシーは【気術】ランク3に至ったのだ。
「よし、これでこの施設にもう用は無い。みんなとはお別れだ。あの黒づくめの人たちとも。」
ルシーは、それだけで理解したようだ。
「わかった。これからは外で暮らすんだね。」
そういうこと。ランク3に至り、【気】を使いこなし、かず多くの魔物を葬った僕たちは、すでに【奴隷の腕輪】の所有者よりも確実に強くなっている。
つまり、もう何か命令されても、従わされることが無いということである。
【奴隷の腕輪】は呪いアイテムに分類されており、装着したが最後、いかなることがあっても外すことが出来ない。例えば腕を切断したとしても、効果だけは永久に持続する。呪いは伊達じゃ無い。
だから、レベルやスキルの制限は消えないが、命令は聞かなくていい。
自由の身ということである。
ランク3に至った喜びも、自由の身になれたことの余韻も、そんなに味わう前に僕たちは旅立った。
僕とルシーが目指すものは、まだまだ先にある。
結論からいうと、森での暮らしは、悪くなかった。
ゲームをやりこんでいたから、食べれるものと食べれないものの区別は付く。たとえその知識が無くとも、【気】をその食べ物に纏わせてみれば、何となくそれがどう言ったものなのか分かるのだ。
【気】を足に多く纏わせれば、目にも止まらぬ速さで走ることができる。すぐに川を見つけて水を入手することも簡単だ。
【気】を手に多く纏わせれば、木を薙ぎ倒し、加工して組み立てることだって出来る。流石にルシーと2人がかりではあるが。
森の深部に入ったことで、魔物の強さも格段に上がり、サバイバルも困難を極めた。
だというのに俺は楽しんでいた。命の危険だってあるのに。
でもそれはルシーも同じらしい。命の危険と隣り合わせの、過酷なサバイバル生活なのに、ルシーは今までで1番生き生きしているように見えた。こういうのを求めていた、とでも言うかのようだ。
そうして僕とルシーは7歳になった。
ランク3に至ってから約2年と半年。ついに、ランク4への兆しが見えてきた。
ルシーの【気】に対する理解と応用力、適用度や成長力が凄まじ過ぎて、僕は追いついていくのが一苦労だった。
【人間】と【ダークエルフ】の差なのか。個人の能力の差なのか。まさか、思いの強さの差??さすがにそれは信じたく無い。僕が誰よりもこの世界を知り、やり込み尽くした男だ。うん、大丈夫なはずだ。
いつもより、さらに少し奥。魔境の最深部に差し掛かる少し手前。
そこで目当ての魔物を発見した。名をブロンドガーメントという。攻撃力はそれほど高く無いが、多様な状態異常攻撃と、圧倒的な守備力、体力を備えている。
ランク3に至り、さらに訓練と実戦を積み、コンビネーションでの戦闘もこなしてきた僕たち2人をして、それでもまだ格上と言っていい相手。
一体で災害級の化け物。
それがブロンドガーメント。
まずは、決して他の魔物に気付かれないように、少しずつ最深部から離れて誘導する。
何としても1対2の状態を作る必要があるからだ。
ゆったりとした動作で、ブロンドガーメントはこちらに迫ってくる。
的確に攻撃を与え続けながら、どんどん誘導する。
そして僕とルシーが戦いやすい場所まで移動して、本格的な戦闘の開始だ。
いつものように、僕は防御系の【気】を広く展開した。これでルシーはより積極的に戦える。
どうもこの【気術】と言うスキル、倒した魔物から吸収する【気】にいろんなタイプがあることはもうわかっているが、それ以外にも、使用者本人の気質が色濃く出るらしい。
ルシーは攻撃力が非常に高いようだ。そうであれば僕はサポートに回ろうと言うことで、ルシーが自由に安全に立ち回れるように、防御や【気】の受け渡しを行うようにしたのだ。
僕の気質は、器用に【気】を操ったり、さまざまな種類のサポートを同時並行で行なったりするのに向いていた。
適材適所というやつだ。
別に自分がルシーよりも活躍する必要はない。僕たちは2人で1つなのだ。
3時間に及ぶ戦闘の末、ブロンドガーメントに勝利した。流石のルシーも疲れたようだった。もちろん僕も同じだ。
しかしそんなことよりも重要なことがある。
ブロンドガーメントの【気】を吸収した瞬間、いつもよりさらに激しい激痛が襲い、頭がガンガンと割れるようだった。
これが、災害級の魔物の【気】か。
いや、それだけではなかったのだ。
これはランク4に至ったことによるもの。同時に重なったのだ。
僕とルシー、2人の周りを、巨大な光の柱が覆い尽くした。白、赤、青、黄色、紫、目まぐるしくさまざまな色に変化し、時には同時に、時にはぐちゃぐちゃに混ざり合って、光の奔流があたりを駆け巡った。
僕とルシーは手を繋いで見つめあった。
今も体は熱いし、頭痛もひどい。相変わらず光が収まる気配もまだ無い。そんな中でもルシーは言った。
「ありがとう。私は幸せ。これからもずっと一緒。」
シラフではとても言えないようなセリフと表情だが、その気持ちはとてもよく分かる。
ゲームでは決して味わえない、本当の意味での感動がそこにはあった。1人ではおそらくできなかった。少なくともこんなに早くは無理だったし、どこかで無茶をして命を落としていたかもしれない。そもそも、交代で見張りをしなければ、突然強大な敵が現れて攻撃されていたかもしれない。
ここまで一緒にやってこれたのも、ずっと一緒にいても全く嫌ではなく、それどころか心地が良かったのも、相手がルシーだったからだ。
「ありがとう。ルシー、大好きだよ。」
落ち着こう自分、相手は7歳だ。色気がすごくて精神年齢が高くてミステリアスな雰囲気をしていて、話をせずとも一緒にいるだけで楽しくて、いつまで見ていて飽きない人であってもだ。再度言おう、相手は7歳だ。
どれくらい経っただろうか。
やっと光が止み、体に力が馴染んでいた。
これが、【気術】ランク4。
ランク3の時とは比べ物にならない。
真の意味で、今度は自分たちが化け物になってしまった。
そんな確信があった。
今なら、2分もあれば、ブロンドガーメントを倒せるだろう。
【気】は、状態異常対策としても優秀だ。ほとんど【気】を貫通できないし、たとえ体に毒が入り込んでも、【気】を濃く練り直して体の隅々まで循環させれば完治出来る。
見た目的には地味で、長時間の粘り強い訓練が必要で、身につくのも使いこなすのも時間がかかるとしても、
極めれば最強。それが【気術】である。
こと、ゲームではなく現実としての世界なら尚更だ。スキルは数え切れないほどの種類があるが、それでも【気術】ほど応用が効いて、最強たるにふさわしいものは他に無いと言える。
単なるランクの数字としてだけでなく、訓練次第や研究次第でどんどん強くなれることも理由のひとつだ。
と言うわけで、今日はさすがの僕もルシーも喜びに浸りながら抱きしめあって寝ているわけだが。おっと、ただの添い寝だ、何もしていない。
よし、落ち着いて思考を続けよう。
ランク5に至る道。
ランク5はこれまでとは全く異質。
今までと同じ方法でたどり着けるとは思えない。
しかしその手法について、少し考えがあった。当然、真っ当な方法では無い。というかイカれてる。
次の日の朝、早速ルシーに僕の考えを伝えた。
結構やばい提案だったはずだが、二つ返事で了承された。
さすがルシー。キモが座ってるなんていう次元じゃないね。
早速準備にとりかかる。
まずは、魔境の最深部の魔物を狩りまくる。
それも、出来る限り省エネで狩る。【気】をとにかく出来るだけ発散させず、溜め続けるイメージで。
これまでであれば、むしろ発散と吸収、再度の発生と練り直しなど、【気】の操作が多ければ多いほど、熟練度の進み具合が早かったため、わざわざ【気】を溜め続けることはしてこなかった。
目指すはランク5。
普通の方法では辿り着けない。
ではどうするのか。答えはシンプルだ。寝ることも食べることもせず、2人で永遠に大量の【気】を循環させ続けるということだ。年単位の時間がかかることは承知の上で、だ。
ランク4に至った今、【気】さえあれば睡眠はおろか水の確保さえ必要が無くなった。
足りない物質も全て【気】を巡らせるだけで解決。血液や他の細胞の代わりだって出来る。服に見えるように【気】を変換したり、実際に普通のモノと同じように触れることの出来る物体に出力したり。おおよそ出来ないことの方が少ないといえる。
ランク4とは、神の領域。
人の域を、理を超えていて当たり前である。
ひと通り、今倒すことのできる魔物たちを狩り終えた僕たちは、いよいよランク5への本格的な歩みを始めた。
ただ、魔境の最深部にて、2人で向かい合って座り、手を繋ぎ、大量の【気】を互いにぐるぐると循環させ合うのだ。
大変、とかの度合いを超えている。この注射をたくさん打てばあなたは強くなれますからね〜と言って1秒ごとに注射針を周り中から刺つづけられるかのような、その表現でも生ぬるいほどの刺激が埋め尽くすのだ。
24時間経過。
眠さも空腹も無い。
24時間経ってもまだ慣れることのない、圧倒的な【気】の物量と刺激。確固たる意思がなければとてもじゃないが耐えられない。
1週間経過。
飲まず食わず寝ず。
ずっとグルグルグルグル、僕とルシーは【気】を循環させ続けた。
1ヶ月経過。
普通の精神状態の人ならとっくに頭が壊れてしまい、もうやめているだろう。だがあいにく僕もルシーも普通ではなかった。前よりもさらに鋼の精神力がついた気がする
1年経過。
ここまでくると流石に慣れてきた。日常会話をしながら、濃密で莫大な【気】のキャッチボールを続けることができた。
そして、5年が経過した。
7歳から始めたので、現在は12歳だ。石の上にも3年という言葉があるが、僕たちは5年だった。
3年間頑張った石の上の誰かさんもびっくりだろう。
お互いの過去のことも、考え方も、話すことなどもうない、それぐらい語り合った。
5年もあったのだ。前世についてもお互いに話して、あっさり受け入れられた。
それで思ったことは、ルシーとどうしようもなく気が合うし、なおさら好きになったということだ。
感覚、考え方の部分で重要なところがピタリと一致している。
一緒に居続けても全く嫌気がささず、飽きもせず、安心して身を任せることのできた大きな理由のひとつがこれだろう。
ルシーは言った。
「ねぇ、じゃあさ。もし生きている意味を見つけて、心から幸せだと思えたら、その時は私に真っ先に教えてね。」
僕は一瞬、もうすでに幸せだと言いかけた。だが、ルシーの言いたいことはそういう意味では無いだろう。
分かったよ。やりたいことを全てやって、いろんな世界を見て、その上でルシーに伝えるよ。
僕たちの時間はゆっくりと過ぎていく。
そしてついに、気の遠くなる時を経て、ランク5がすぐそこに迫っていることを確信した。
ギリギリで上がれそうで上がれない、そんな感覚が続く。
それならば、もっと出力を上げるしかない。僕とルシーは何も言わずとも息をそろえた。
そして、全力で【気】を練り上げ、お互いに与え合った。思わず呻き声を上げる。でもまだだ、まだ足りない。もっと。もっと。もっと。極限の集中の先に。
呼吸することも忘れて、莫大な【気】の塊、嵐の中ついにたどり着いた。
【気術】ランク5
熱い、熱すぎる。体が燃えている。何が起きているのかわからない。今までに得たすべての種類の【気】たちが暴れ、混じり合い、また暴れ、さらなる高みへと【気】自体が進化しようとしているような。
焼かれるような熱さの中、ルシーを見る。あのルシーが、怖がっているように見えた。あ、そうだ。ルシーは言っていた。前世で死ぬ時、炎で焼かれながら死んだんだと。
思い出しているんだ、そのトラウマを。
僕はルシーに近寄り、強く抱きしめた。
なおさら熱いし、お互いの【気】が心なしかより暴れ始めた気がする。
でもそんなことよりも今は重要なことがあるのだ。
ルシーを抱きしめることより優先すべきことはない。
「大丈夫だよ、よしよし。」
そして、クライマックスとばかりに、この世の光という光を全て集めて持ってきたと言わんばかりの豪華絢爛な光の渦がぼくたちを取り巻いた。
それは僕たちだけに見える幻想的なものではなく、質量と実態を持った何かであり、文字通りこの魔境を、森を震わせた。魔物の気配がどんどん遠のいていく。
決して動くことのなかった、最深部の中央。そこにいた巨大な魔物までもが、僕とルシーから遠ざかる方向に移動していた。
【気】を通して全てが分かる。
索敵の範囲も尋常じゃなく広がったようだ。
木々のゆらめきも、小動物の息遣いも。
魔境を覆い尽くすほどの巨大な光を目撃したこの世界は、少しずつ動き出す。
この世界の物語も、僕とルシーの物語も、まだ序章と言っていい。
それでも、大きな大きな序章だ。確実に言えるのは、1番の難関は乗り越えたということだろう。
流石のルシーも、涙を流している。なんて綺麗な涙なんだろう。あれ、気付くと自分も、、。
僕ってこんなに感情豊かだったっけ。
ルシーと一緒にいる僕は、どうやら少し変になるらしい。最初からわかっていたことだが。
まあ、それもいいだろう。
今日くらいゆっくりと、ルシーと一緒に感動に浸ろう。