大陸を越えて
シャルルさんから連絡がきたところから大忙しの日々が始まった。
「イブはん、すまないんやけど、今から500皿、料理作ってくれへん?」
「え!ど、どうしたのシャルルさん!?500皿?5皿の間違いじゃなくて?」
「その100倍は必要なんよ。さらに悪いんやけど、これから毎日な〜。」
500皿、、?毎日、、?
一瞬何を言われたか分からなかった。
「無茶いうとるのはわかっとるんやけど、どうしても必要なんよ。お願いできん?」
最初こそ驚いたが、案外私はすんなりと決心した。シャルルさんがそこまで言うなら是非とも協力したかった。それに、仲間に頼ってもらえるのが純粋に嬉しかったから。
「やります!やらせてください!出来上がった料理はどうすれば?」
「ほんまか!ありがとうな!部下に毎日取りに行ってもらうわ。冷蔵箱に入れておいてくれるとうれしいんやけど、、。」
「うん、わかった!たくさん作って保管しておくね!」
「イブはん、またお土産におもろい食材たんまり持ち帰るで!楽しみにしとってや。ありがとな〜」
よーし、やるぞ!
なんだかちょっとワクワクしてきたかもしれない。
私は早速、クリートさんのところへ向かった。
「クリートさん、ちょっとお願いがあるの。厨房のことなんだけど、、。」
もともと立派で大きな厨房なのだが、それでもまだ足りない。更なる拡大をお願いした。私の厚かましいお願いをクリートさんは嫌な顔ひとつせず聞き入れてくれた。
「クリートさんが私に頼み事なんて珍しい!もっと気楽になんでも言ってくれていいんだよ。厨房の拡大ね、りょーかい!」
「ありがとうクリートさん!あ、そうだ、よかったら私が作るお料理食べて行ってくれない?これから毎日たくさん作ることになるんだ〜。」
「もちろん!イブさんのお料理ならいつ何時でも食べれるよ!たのしみ!」
それからクリートさんと一緒に、厨房の設計を考えた。それがおわるとクリートさんはたった半日で厨房の拡大を完了させた。
私は神業を見たのだった。
そして大きく生まれ変わった厨房で、心機一転、お料理を作る。メニューは、“黄金肉のコルト包み”だ。
これは私の自信作のひとつである。前にエンジュちゃんに振る舞った時から、少しだけ改良を加えてある。
まずホワイトコカトリーの黄金肉を用意する。
ホワイトコカトリーは魔物の一種ではあるが、危険性は少なく、食用として用いられることが多い。
ちなみにかなりの美味として知られ、高級食材のひとつらしい。
だがここ第5層では、ホワイトコカトリーを大量に飼い慣らし、飼育している。
単に育てて数を増やすだけでなく、ホワイトコカトリーの黄金肉をより美味しくするために、それ専用の果物を育て、餌として与え続けている。私は食材に対して一切の妥協をしたくないのだ。
栄養たっぷりの餌を与えているためか、ホワイトコカトリーはどんどん繁殖し、今では数が増えすぎて少しだけ困っているほどだ。
その黄金肉に切れ込みを入れ、調合したソースを染み込ませ、コルトという野菜で包む。そしてじっくりと焼き上げる。
焼き上げる際に追加でいくつかのスパイスを加えていく。この時少しでも入れるタイミングがズレると味が変わってくる。
このように、作る際には丁寧な対応が求められるが、一度作り上げてしまえば、あとは冷めても温め直しても美味しく食べられる。
クリートさんは、私の作業を興味深そうに観察している。ちょっとそんなに真剣に見つめられると照れてしまう。
そして完成した“黄金肉のコルト包み”はクリートさんによって一瞬で平らげられてしまった。
「イブちゃん!!これ天才だよ!コルトにお肉の旨みが染み込んで、いくつものスパイスが重厚的に組み合わさってる。お肉は柔らかくて舌の上でとろけちゃう。中からは少しずつソースが染み出て、いつまでも味に飽きが来ない!コルトだけで食べても、お肉だけで食べても、それぞれ全然違った良さがある。同時に食べた時の一体感もくせになっちゃう!これはいつまで食べてもとまらないよ!」
クリートさん、いつにも増して元気だ。それにとっても褒めてくれて私は嬉しい。
これなら自信を持ってシャルルさんのお願いを叶えられそうだ。
それから私は、広くしてもらった厨房を隅から隅まで使用し、今までにないほどのスピードでお料理をし続けた。
昔の私であればとてもじゃないが同時にこなせなかった規模だが、今では余裕さえ感じる。
【気術】ランク3の効果は本当に凄まじい。
そして約束通り500皿を達成し、冷蔵箱に入れて保管しておいた。
どれだけ効率よく作業をしても、500皿はさすがに時間もかかるし、最後の方はかなり疲れてきたが、私はやり遂げた。
ちょっとした達成感もある。
ひとつの料理を極めるのもいいが、大量に作って捌くのもまた悪くないと感じた。それにこの時間、私の【気術】の熟練度がどんどん上がったように思う。
これを続けていけばもっと上手に【気術】を扱えるようになるかもしれない。そしてお料理の腕も上がるかもしれない。
確かに疲れたが、自分が成長するのを実感できるのはとても楽しかった。
それから毎日500皿を作り続けていくと、案の定私の【気術】の扱いは鰻登りで上手くなっていき、制御できる【気】の総量も明らかに増えた。そのためか、今ではそんなに疲れることもなく、かつ前よりも短い時間で500皿を達成することができるようになった。
そんなある日、シャルルさんから直接連絡が届いた。
「毎日毎日ほんまにありがとうな。そしてイブはん、ついにやったで!もう世界中がイブはんの料理の虜や。」
ん?私はシャルルさんが何を言っているのかよくわからなかった。世界が?なんて?
シャルルさんは忙しいらしく、詳しくは教えてくれなかったが、大体の流れはわかった。
まず、エンジュちゃんが私のお料理を美味しそうに食べる映像が世界中で注目された。
さらに、とある人物と協力しながら全国各地にレストランを展開し、私が毎日作り続けている“黄金肉のコルト包み”を限定10食で提供したらしい。
法外な金額を設定しても一瞬で予約が埋まり、人気がとどまるところを知らないという。
“黄金肉のコルト包み”を足がかりに、そのレストランの知名度は一気に全世界へと知れ渡り、食べ物の業界を一瞬で支配したらしい。
シャルルさん、分かってはいたけどやり手どころではない。商売のプロ、いや神と言っても過言ではなさそうだ。
エンジュちゃんは世界一可愛いのでアイドルという仕事も成功間違いなしだと私は確信していた。
しかしシャルルさんの協力やサイエンさんの発明、クリートさんの技術力が無ければ、ここまで早く大成功を収めることは難しかったと思う。
本当に恐ろしい人だ。涼しい顔をして最大の成果を叩き出すのだから。シャルルさんが弱っている姿は想像ができない。
そんなことを思っていたのだが、その日は急に訪れた。
あのシャルルさんが、たくさんの傷を負い、意識も無い状態で第10層に運ばれたらしい。
信じられなかったし、信じたくなかった。
シャルルさんはいつも余裕たっぷりで、時に無茶振りもして、でも誰よりも仕事ができて、無条件でみんなに活力を与える存在なのだ。
早くいつものシャルルさんに戻ってきてほしい。
そんな祈りが通じたのか、1ヶ月後には再び元気な姿のシャルルさんを見ることが出来た。喜びのあまり抱きついてしまった。私が勢いよく抱きついたので、シャルルさんは少し驚いていた。
あのシャルルさんを驚かせてやった!というちょっと謎の達成感と共に、大きな安心感がやってきた。
そうだ、シャルルさんを見ると安心するんだ。この人がいれば、どんなことが起きてもなんとかなってしまう気がする、そんな風に思えるのだ。
元気になってくれて本当によかった。私は早速シャルルさんにたくさんの料理を振る舞った。
まだしばらくは地下帝国で療養するようだ。しっかりご飯を食べて、万全の状態に、いや前よりもさらに丈夫な体になってもらおう。そして2度とシャルルさんに危険な目に遭って欲しくない。
私は一段と心を込めてお料理を作った。
最近、地下帝国の住民の人の何人かが、農業を手伝ってくれるようになった。さらに、私の料理を特に気に入ってくれた人たちが、私の弟子となった。
最初は、うまく教えられるか不安だった。
しかし、サイエンさんのおかげで理論的な部分をしっかり学べていたことが功を奏したのか、私は感覚の部分も何とか言葉にして説明をすることができた。優秀な弟子たちはどんどん私が教えたことを吸収し、実力を伸ばしていった。
今では、毎日作る500皿の“黄金肉のコルト包み”の1部の作業を任せることができるようになっていた。
そんな平和な日々が続くと思っていたのに、世界はシャルルさんを放っておく気が無いようだ。
その日、私たちの地下帝国に、大きな危機が迫ることになる。




