その目を見て
私の名前はルシー。
いや、それは前世の時の名前だ。今の名前は、gn054である。コード番号みたいな名前だ。いや、実際にコード番号なのだ。
私は契約奴隷になってしまったから。
悲惨と豪語しても許される程度にはひどい目にあった前世だが、それは一旦置いておこう。
私が前世の記憶を思い出したのは0歳の時だった。なんなら生まれてすぐだ。
驚いたことが3つあった。
ひとつ。
転生、というのがおとぎ話ではなく真実であったということ。実際に自分の身に起こったのだから、自分の種族、【ダークエルフ】に伝わるおとぎ話も信じざるを得ない。
ふたつ。
おとぎ話によれば、強い思いがなければ転生の可能性は無いらしい。強い思いを抱くような性格では無かったはずなのにどうして自分が、ということ。何かやり残したことでもあったのだろうか。
みっつ。
転生先が契約奴隷だったこと。いやどんな確率ですかそれ。貧乏な村人でもなんでもよかったのに。これは、実質の詰みだ。せっかく前世の知恵や経験があっても、生まれた時から人生が終わっている。何かの罰だろうか。前世でもっと必死に生きればよかったとでもいうのか。
転生してから3年が経った。私は3歳だ。
生まれた時から変わらない、深い絶望の中、それでも私は生きていた。
3歳ともなればすでに英才教育が始まっていた。
黒い服を着て、仮面で顔を隠したプロの指導者たちが、完璧なマニュアルに沿って子供達を育て上げていくのだ。
四則演算や読み書きに加え、この世界の常識など、内容も様々だ。しかしさすがは優秀な遺伝子をもつ子供達、吸収力も成長スピードも圧倒的だった。
かく言う私も、前世より優れた頭脳と肉体を授かっているだろうことが感覚でわかっていた。
しかし優秀だからなんだというのか。わたしはため息をつきながら、決して外れることのない、呪われた腕輪をみる。【奴隷の腕輪】は有名だった。
超高級奴隷のシンボルとして。
それがある限り、自由はない。腕輪の本来の持ち主の命令に、絶対遵守だからである。この効果を解除する方法はただひとつ。
その所有者よりも強くなること。それだけだ。決闘などしなくてもよい。勝手に【契約の腕輪】が判定する。
でも、私たちがそいつより強くなれることはない。この腕輪の2つの制約がある限り。
・決してレベルを上げられない
・スキルは1種類しか取得できない
そう、だからこそ、私は絶望していた。
生まれた時から、この人生が終わっている理由がこれだ。
それでも、自殺を試みることもなく生きてきたのには、ちょっとした理由があった。
冷静に考えれば些細なことでしかないし、もっといえば実にくだらないことかもしれない。それでも私はそれに、どうしても興味が湧いた。心の底から沸々と湧き上がるような、抑えきれない好奇心。こんな感覚は味わったことが無かった。
私と同じ契約奴隷。年齢も一緒。英才教育を受ける時の班も一緒。
その彼は、異質だった。
とびきり優秀なわけでもない。目立ったことをするわけでもない。自然と周りの環境に馴染んでいるようにみえる、一見普通の彼から、私は目が離せない。
私は震えた。
どこまでも遠くを、この世のすべてを見透かしているかのような、その目を見て。
私は、勘には自信があった。
前世から培ってきたそれは、私自身に告げていた。彼は、とんでもない何かであることを。
だから私は、目を離せなかった。もはや、彼のことが好きかもしれない。ほとんど話したこともないのに。いやそもそも相手はまだ3歳の子供なのに。私はおかしくなってしまったのだろうか。
そんなある日のことだった。
突然、その彼に話しかけられたのだ。
驚いて一瞬固まってしまったが、すぐに落ち着きを取り戻して応対した。ここで緊張して何も話せなくなるほど、前世でぬるい人生を送ってきたわけじゃない。
「あのさ、ぼくの仲間になってくれないかな。あ、勘違いしないでね、普通にちょっと仲良くしてとかの軽い意味じゃないよ。それこそ永久に、人生丸ごと捧げてよってぐらいの、かなり重い意味で言ってる。」
彼に話しかけられたこともそうだが、内容にもびっくりである。いつも通りの彼からは予想もつかないような雰囲気だ。というか彼じゃなかったとしても意味がわからない。
永遠に?人生を捧げる?プロポーズか何かだろうか?
でも私は何でもよかった。
というか感情と勢いと勘に任せていたともいえる。
わたしは決めていたのだ。もし彼から何かを言われたら、どんな内容でも頷こうと。
「わかった。私はあなたの仲間になる。永遠に裏切ることない、絶対的な存在になるよ。」
私の人生は全然詰んでなどいなかった。それどころか、今この瞬間こそが、前世も含めた中での本当の始まりだったのだ。
私は彼とともに進んでいく。どんな結末になろうとも。