救世主
規格外の化け物と1対1で渡り合うシャルルをみて、誰もが思っただろう。
ああ、こういうのを、救世主というのか。と。
いったいどれほどの修羅場を潜れば、あれほどの戦闘ができるようになるのだろうか。【猫人】の特性も遺憾無く発揮した縦横無尽の立ち回り、環境を十全に活かす観察力。魔物の攻撃を予測する洞察力。全てが超人だった。
そしてシャルルが、狙い通りの場所に化け物を誘導する。
クリートが寸分違わぬタイミングでボタンを押した。
アダマンタイトの合金で作られた巨大な槍が、高速で回転しながら化け物を貫いた。流石の化け物もこれには金切り声をあげた。
その隙をシャルルが見逃すはずもなく、強烈な一撃を頭部に叩き込んだ。
そしてすぐさま離脱する。
まだまだ化け物は止まらなかった。
そしてせっかく与えた傷も、どういうわけかすぐに回復していた。
いや、何が起きたのかはここからでも理解できた。自分の体力を削る代わりに、体の傷を修復したのだ。
万全の体制で、目の前の敵、シャルルを打ち倒すために。
「まったく、かなわんなあ。少しくらい休ませてくれてもええんやで?」
こんな時でもシャルルは余裕そうだった。全てを背負い、誰よりも神経をすり減らしながら戦い続けているはずなのに。
「すまんなあ、さっそくつかわせてもらうわサイエンはん、クリートはん。」
その瞬間、シャルルの両腕、両足、尻尾に装着されたリングがまぶしく輝き始めた。
シャルルの動きがこれまで以上に速くなる。
あの化け物を翻弄し、圧倒した。
小さな体で化け物の頭を蹴り、尻尾で叩き、顔面に拳を叩き込んだ。
いつのまにか住民達はシャルルの応援の声でいっぱいだ。
「シャルルねえちゃん、すげえ!かっこいい!がんばれ!」
「シャルル様!負けないで、でも無理はしないで!」
「何だあの動き、目で追うのもやっとだぞ。嬢ちゃん何者だよ、俺は感動した!」
「半端ないっす、、。認めたくはないすけど、アニキより強いっす、、?」
「さすが私たちのシャルル様!がんばって!シャルル様!」
「うおおおおー!好きだあああシャルルーー!!!」
僕は機械を操作して、その声援をシャルルのいる第2層に届けた。
シャルルは不敵に微笑んで言った。
「そないに言われたら、照れるやないの。そろそろ逃げる準備しようか思ってたんに、出来んくなったわあ。」
もともと逃げる気など微塵もなかったくせによくいう。でもそういうところがまた、みんなから愛される所以なのだろう。
シャルルが優位に立ち回り、このままならもしかしたら化け物を倒せるかもしれない。そんな希望が見えかけたその時のことだった。
地上から新たに3体の超災害級が迫っているのを検知した。
それだけではない。
化け物の様子がおかしい。
この化け物が生まれたあの時と同じ、いやそれ以上の黒い禍々しい光を発したと思ったら、そこにはひとまわり大きく、より凶暴な見た目へと進化した化け物が佇んでいた。
さらに悪いことに、シャルルの5つのリンクが光を失って元の黒色に戻ってしまった。封入された【気】を使いつくしたのだ。
まさに絶対絶命だった。
そしてその一瞬の隙を突かれた。
シャルルの反応が遅れた。化け物の渾身の一撃がシャルルに迫る。
誰もが絶句し、呼吸も忘れ、目を覆いそうになったその時、どこからともなく声が響いた。
「シールドバッシュ!!」
緑色に透き通った透明なバリアが、一度だけシャルルを守った。
何が起きているのかはわからないが超人的な判断力でシャルルはその場から離脱し、化け物からの追撃を避けた。
「よかった〜。間に合ったみたいですね、シャルルさん、無事ですか?」
その声の主はピヨンだった。
「僕、色々あってちょっとギルドマスターになりました!それであの、勝手ながら皆さんをメンバーに登録させてもらったんです。ギルドマスターの僕は、離れたところからでも皆さんのサポートができるんです、さっきのやつみたいに!やっと僕もお役に立てますね!」
よくわからないがそういうことらしい。ピヨン、話が長すぎてよくわからない、簡潔にまとめてほしいものである。
そう言ったらクリートに呆れた目をされた。あー、その目も好きだよ。
「さっきのシールドバッシュっていうのは、また時間が経たないと使えません。それまで他のサポートをしますが、、僕もこれが初めてで、うまくできるかどうか、、」
しかしピヨンのおかげでシャルルが一度救われたことは事実だ。僕とクリートはピヨンに心からお礼を言った。
それから、ピヨンのサポートもあり、何とかシャルルは化け物と戦い続けた。とは言っても、与えることのできた攻撃は数えるほどしかない。リングの効果も切れて、化け物の攻撃を交わすので精一杯なのだ。
そんなことより問題は上に迫っている追加の3体の超災害級の魔物だ。いまシャルルのところにそれらがやってきてしまったらひとたまりもない。
そんな時、通信機が鳴った。
「サイエンさん、、。俺たち、行ってくるっすよ。みんなのこと、頼んだっす。俺たちだって、アニキの立派な弟子だってこと、証明してやるっす。」
それは無茶だ、そう言おうとして、でも言葉が出なかった。
彼らはそれを承知で、行くと言ったのだ。
そしてそれ以上に僕にとって重要なことがあったため、彼らとの通信はそこで終わりになった。彼らには申し訳ないが。
「サイエン、私も行ってくるね。私は第2層にいく。」
「な、な、なにを言っているんだクリート!!ダメに決まっているだろう、あそこには化け物がいる、もし攻撃されたらクリートが!」
「サイエン、私のことがそんなに心配なの?ほんとに可愛い。出会った時からずっと、いえ今ではもっと好きになっちゃった。」
「それは僕もだよ!だからダメだ、行っちゃだめだよクリート。君にもしものことがあったら僕は」
「知ってるよ。サイエンは私がいないと生きていけないからね。だから大丈夫、私がサイエンのことを残していなくなるわけないでしょ?」
ダメだ、クリートを危ないところに行かせたくない。そうだ、僕が代わりに行けばいい。そう言おうとしたが、
「あれは私でなければ直せない。もう一度使えるようにしてこなきゃ。サイエンは、それを確実にあの化け物に当てることを考えて。」
クリート、、。君は、、。
いや、知っているさ、僕がどれだけ止めたところで、もうその状態になった君は世界の誰にも止められやしない。
君の鋼の意志は、誰にも捻じ曲げることなどできない。
だから、僕にできることは。
誰1人欠けることなくあの化け物を倒せるように、全力で考え、サポートすることだ。
「シャルル、そしてピヨン。今からクリートが、防衛機能の修理に向かう。もう一度発動することができる状態にするために。だから化け物の注意を逸らしてくれ。頼んだよ。」
本当に、頼んだよ、、。
僕は縋るような思いで、シャルルたちに告げた。
「クリートはんに何かあったら、うちサイエンはんに一生恨まれてまうなあ。余計に負けられんくなったやないの。」
「僕も、力の限りサポートしますね!クリートさんには傷一つ負わせませんよ。もちろんシャルルさんのことも!」
「ありがとうな〜ピヨンはん。まずは攻撃あてて、左に移動やな。もうひと踏ん張りやで。」
本当に彼女達は頼もしい。
そうだ、彼らは、彼らは大丈夫だろうか。
慌てて第1層に目をやると、そこにはまさしく死闘を繰り広げる姿が映っていた。
「アニキの、修行の方が、100倍!大変っす!!!」
「そうだ!俺たちはアニキの弟子だぞ!こんな魔物など恐るるに足らん!」
「うむ。ここから先は一歩も通さんよ。アニキの名にかけての。」
しかしそれでも限界は来る。
いくら気合いがあっても、いくら修行を積んでいたとしても、彼らはまだランク2。ぎりぎりランク3に届いていない程度。
圧倒的な戦力差は、残酷に、冷酷に彼らを追い詰めていった。
「俺たち、、げほっ、おれたち、がんばったっすよね。」
「そうだ、、アニキの弟子として、全力で、たたかった、、」
「うむ、、。最後の足掻きといこうかの。」
そこへ高速で飛来する物体がひとつ。
「ガッハッハッハ!しかと聞いたぞお前ら!俺はお前らを誇りに思う!!あとは任せて下がるがよい!」
「「「アニキ!!!」」」
「バートル、ここに参上ってな!!標的は超災害級3体!うむ、腕がなるぜ!ガッハッハッハ!」
心配しながら映像を眺めていた住民達から拍手喝采が上がった。
バートルのことを知らない人も多いだろうが、その圧倒的存在感と、強者としての滲み出るオーラは、住民達を安心させるに十分だった。
予想通り、超災害級3体を相手に常に優勢を維持し続け、いつの間にかそのうちの1体を葬っていた。
「うおおおおおーすげーー!あの【龍人】かっけーー!」
「バートルさんっていうらしいよ!地下帝国の“始まりのメンバー”の1人だって!」
「まあ、アニキっすからね!げほっ、俺らのアニキっすからね!」
彼らはボロボロの状態だった。
「うお!傷だらけじゃねーかおめーら!大丈夫か?でも、アニキもだけど、お前らもすげーよ。あんな規格外の魔物を3体も足止めして!」
「ええ、とってもかっこよかったわ!」
「お兄ちゃんたちもすごかったー!はい、これ、おくすりあげる〜。おけががね、なおるんだって〜」
「あ、ありがとっす、、。ちょうだいするっす、、。なんか、、照れるっすね。」
どうやら彼らの傷もなんとか軽傷で済んだようだ。バートルの方も全く心配はないだろう。
やはり問題は第2層。あの化け物だ。
クリートから通信が入る。
「おっけい!修理完了。そっちに戻るね。」
よかった。クリートが無事修理を終えて戻って来るようだ。
いや、しかし事はそんなにうまくいかないようだった。
「クリート!あぶない!!!化け物がクリートの方に向かってる!!急いで!」
僕はいち早くクリートに伝えた。
クリートは全力で走り出す。しかし化け物はそれを遥かに凌駕するスピードだった。
追いつかれるのも時間の問題だった。
シャルルもピヨンも何とか注意をひこうとするが化け物は無視してクリートの方へ走っていく。
そんな時、誰も想像をしなかった人物がそこに現れた。
イブだった。
イブは大きなカゴいっぱいに何かを持っている。そしてそれをあたりに撒き散らした。黄色い粉だった。それは一瞬にしてあたりに吹き荒れた。
化け物はその粉塵の中に突入すると、途端に苦しみ出した。
「今です!逃げましょう!」
普段のおどおどとした態度はそこには無かった。
クリートとイブは無事エレベーターで第9層に戻ってきた。
クリートを助けてくれて本当にありがとうと感謝を述べる間もなく、イブはシャルルに向かって叫んでいた。
「シャルルさん、私が直接見てきてわかりました!その魔物の弱点は、翼の付け根と、背中の中心にあります!」
僕は訳がわからなかった。普段のイブとは別人のようだ。しかしそのおかげで僕のクリートは救われた。
今は細かい事はどうでもいい。
本当に寿命が縮むような思いをした。もうこんなのは2度とごめんだ。さっさとあの化け物を倒して、みんなで無事を祝おう。
「クリートはん、そしてイブはん、ほんまにありがとうな。」
そしてシャルルは絶妙に化け物を誘導して、所定の位置にやってきた。寸分狂わぬタイミングで再びクリートがボタンを押し、防衛機能の巨大な槍が化け物に直撃した。化け物は雄叫びを上げた。
槍は、ぴったりと翼のの付け根部分に刺さっていた。偶然か?いや違った。シャルルが仕向けたのだ。化け物がちょうど弱点を晒すように。ミリ単位の力の調整が必要だったはずだ。
その後も、本当にどこまでも華麗な戦い方だった。見るもの誰もが目を奪われ、そして手に汗を握り、心の底からシャルルを応援する。
ついに弱ってきたように見える化け物は、最後の力を振り絞るが如く、黒くて赤い禍々しい光を放ち始めた。そして体中に赤い稲妻と、黒い炎を纏わせ、咆哮をあげた。
それを見たシャルルが、首元のネックレスを握りしめて呟いた。
「これだけは使いたくなかったんやけどな、、。兄さん、もう1度、力を貸してや。」
シャルルのネックレスが光出す。尋常じゃない光だ。
「きれい、、。」
「ああ、なんて綺麗なの、シャルル様。」
「シャルル、好きだ、大好きだあーーー!」
「やっちゃえ!そんな魔物、たおしちゃえ!」
「シャルル様、どうかご無事で!」
「いっけええー!シャルルーー!」
それからは、光と光の奔流だった。邪悪な黒い光と、煌めく白い光。
翼への攻撃、背中への攻撃。
シャルルは的確にダメージを与え続け、逆に化け物からの攻撃は紙一重で避け続けた。
まさに神業。まさに英雄。
世界を滅ぼすことさえも容易ではないかとまで思わせたその化け物に、ついに終わりが訪れる。
シャルルの渾身の一撃が、化け物の背中の中央へと突き刺さった。
化け物は大きな断末魔をあげて、体の稲妻と黒い炎が消え、目の光を失い。崩れ去った。
同時にシャルルのネックレスも壊れて床に落ちた。
シャルルは光を失い、砕けたネックレスを大事そうに拾い上げた。
そしてそのまま大の字に寝転んだ。
「さすがのうちもつかれたわあ。今夜はご馳走がええわ、みんなでたべよか〜。」
地下の住民から惜しみない拍手と、言葉が贈られる。中には感動のあまり泣いている人もいるようだ。
「最高だ、最高だよシャルル!君は救世主だ!」
「救世主シャルル!!うおおおー好きだー!!」
「シャルル様、、良くぞご無事で、、。」
「シャルルかっけーー!ぼく大きくなったらシャルルみたいになりたい!」
「なんて美しいのシャルル様。大の字で寝転がる姿も愛おしい。」
「「「シャルル!シャルル!シャルル!」」」
その日、地下帝国はシャルル一色に染まっていた。
彼女はこの地下帝国を救った、救世主だ。




